愛の花蔵馬と寝たことは何度もあった。誰かと寝ることなんて、なんのことはない。 ただ尻を差し出し、穴を使わせてやるだけだ。どれだけ種をまかれようが、男のオレは孕む心配もない。 吐きそうになるほど、ただただ痛いだけのやつもいれば、驚くほど気持ち良くしてくれるやつもいる。 蔵馬は後者だったし、いつでもオレの側にいた。それだけのことだと思っていた。 「飛影、好きだよ」 寝る前も寝た後も、体を重ね絡み合う間でさえ、蔵馬はよくオレにそう言った。 オレの髪を撫で、唇を重ね、皮膚に跡を残し、尻の中を掻き回す。 そうしながら、好きだ、と何度も囁いた。 好きだ、という意味がオレにはよくわからない。 オレとの性交が気持ちいいということなのだろうが、蔵馬は相手に不自由しているようには見えない。尻を使わせてくれる相手なら、いくらでもいるはずだ。 そう言うと、蔵馬は苦笑し、お前は子供だね、と少し寂しそうに言った。 今日寝た相手は、嫌なやつだった。 ひどく硬くて曲がった陰茎で、腹の中のやわらかい部分をしつこく突かれ、まだ気分が悪い。おまけに奇妙に生臭い男だった。 相手にするんじゃなかったとうんざりしたが、半時もすれば終わることに文句を言うのも馬鹿馬鹿しかった。 気分の悪い性交を終え、ひと眠りしようと向かった寝床にしている大きな木の下に、蔵馬は立っていた。 誰かに会いに行く途中なのか、大きな花束を持っている。 「どうした、蔵馬?」 木々に囲まれたこの場所は、蔵馬にとって自分の味方が揃った陣営のようなものだ。 なのに、今日の蔵馬の表情は硬い。 「誰と、寝たの?」 「知らん」 知らん、という返答に嘘はない。 大抵の場合、相手の名前すらオレは知らないのだから。今日の相手も例外ではない。 「お前もしたいのか?」 正直に言えば、今日はもうしたくない。 尻の穴も腹の中もまだ痛かったし、気分が悪かった。 蔵馬は立ち去るでもなく、近寄るでもなく、そこに立っている。 何か言いたげなくせに言い出さない蔵馬に、苛々した。 「何が言いたい?しないなら帰れ」 トンと地面を蹴り、オレは大きな枝に乗る。 幹に寄りかかり目を閉じると、蔵馬もまた、木に飛び乗った。 「…なんだ?」 「もうお前とはしない」 だからなんだ? オレのケツに飽きたなら、他を使えばいいだろう? それをわざわざ言いに来たのか?律義なことだな。 いつもなら瞬時に返せていたであろう憎まれ口が、胸の中でつかえた。 なんと返していいのかわからず、ただ蔵馬を見つめていたオレの視界に、青色がいっぱいに広がった。 蔵馬がオレに、花束を差し出していた。 考える前に、押し付けられた花束を反射的に受け取った。 「蔵馬…?」 「飛影、愛してる」 幹に手を付き、覆いかぶさるようにしてオレを見つめる蔵馬の目。 ふと、蔵馬が誰かに花を贈るのを見たことがないことに、オレは気付く。 「オレはお前を愛してる。他の誰かと一緒にするな、飛影」 「…何を、言っ…」 唇が、ふさがれる。 息苦しくなるほど長い時間、蔵馬は唇を重ねていた。 「…オレをお前の、唯一無二にしてくれ」 そう告げると、蔵馬は下へ降り立った。 「…くら、ま」 「お前の心が決まったら、オレの所へ来い。もし、オレを選ばないなら」 二度と、お前とは会わない。 愛してる。愛しているから、もう会えない。 絞り出すように言うと、蔵馬は消えた。 半分人間のくせに、風のように消えた。 花束を抱え、呆然としたまま座り直す。 蔵馬がオレに寄越した花は、甘いのにどこかきりっとした香りを放って、オレの腕の中で咲いていた。 「……変なやつ」 鼻で笑って言うつもりだったのに、目の前がじわりと、あたたかくぼやけた。 「変なやつ…」 頬を伝い、雫が落ちる。 まるい雫はまるいまま、花びらの上で朝露のように光った。 頬をぬぐいもせず、オレは両手いっぱいの花束を抱えていた。 オレは今夜、蔵馬の部屋に行くのだろう。 答えを持って、訪れるのだ。 花びらに落ちた雫が、オレを映して煌めいた。 llustration by 해봄 ...End.
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