独占欲...side Kurama

「知らないよ」

オレは目を丸くして言う。

「お前の所にしょっちゅう来てたじゃないか」
「彼の気が向けばね。気が向かなきゃ全然来ないんだよ、飛影は」

花の香りのする紅茶を淹れ、幽助の前に置いた。

「サンキュ。すげーいい匂いだなこれ」
「でしょ?オレ特製のブレンドなんだ」

感心しながら紅茶を飲む幽助に、オレは笑って自慢した。

「飛影のやつ、この1ヶ月くらい百足に帰ってないらしいぜ」
「へえ?でもなんで君が探してるの?」
「躯がカンカンなんだ。仕事さぼってどこ行ったんだ!って」
「なーんだ、仕事が嫌になっちゃったんじゃない?」

オレは笑って紅茶をすする。

「でもあいつ無茶するからちょっと心配だな」

どっかで誰かと一戦やって大ケガでもして動けなくなってんじゃねえか、幽助は眉をひそめて言う。

…いい男だな、この人間は。
分かっていたことを、オレは再確認して微笑む。

「そうだね。オレも明日から探しに行くよ。別行動の方が効率良く探せるね?」
「頼む。お前が一番飛影のいそうな場所分かるしな」
「仕事が嫌で雲隠れしてるなら恨まれちゃうな」

しょうがねえさ、と幽助は快活に笑う。

「さて、帰るかな。急に邪魔して悪かったな」
「あ、待って。オレも出るとこだからそこまで送るよ」
「ああ。悪りいな。出かけるとこだったのか」
「いや、いいんだ」
「それにしてもお前の部屋片付いてるなあ。モデルルームみたいだ」

整然としたマンションの部屋を、感心したように見回すのにオレは苦笑する。

「そう?最近越したばかりだからね」
「オレなら三日でメチャクチャだ」

そんな軽口を叩きながら夕闇の街を歩く。
駅近くで、じゃあな、と手を上げ去って行く幽助を見送る。

本当に、彼はいい人間だ。
だからこそ、オレも飛影も魅かれたのだが。

だが…。
オレは足取りも軽く歩きながら思う。

人を疑う事を知らなすぎる。
幽助が感心したオレの部屋…
あの部屋には生活の気配というものが何もないのに。

***
先ほどのマンションから4駅ほど離れた街。
この街も似たようなマンションがひしめいている。

その建物の中の一つに入る。
ここは、静かで気に入っている。
隠れ家にぴったりなこのマンションは、建物全体に結界を張ってある。 建物が見えなくなるわけではないが、人間はこのマンションに気付かず素通りして行く。

エレベーターの点滅が最上階の12階を示す。
電子音を立てて鍵が開く。

無機質なコンクリートの建物だが、中は住みよくなっている。 居心地良く設えたリビングからは、やわらかな光が漏れていた。

「…ただいま」

小さく呟く。

大きなソファの上で小さな体を丸めるようにして、飛影は眠っていた。 呼吸と共に、毛布にくるまった体が小さく上下する。
傍らに座り、起こさないように髪をそっとかき上げる。 目をつぶると幼く見える顔に、額に厚く巻かれた包帯が痛々しい。

頬をなぞると、熱い体温が伝わってくる。

「まったく。また薬を飲まなかったな」

苦笑してテーブルの上を見ると、出がけに煎じておいた薬湯はそのままだ。
オレの声に気付いたのか、飛影がゆっくりと目を開ける。 深紅の瞳がゆるゆると現れ、こちらを見つめる。

「…蔵馬」

寝起きの擦れた声。熱で潤んだ瞳がオレを見ている。
それだけでオレは欲情しそうになる。

「ただいま。だめじゃない、薬飲まなきゃ」

あんな苦い物飲めるか、とふくれっ面をするが、それもまたかわいい。 ソファの隣に腰を下ろし、背中を支えて起こしてやる。

「…どこに行ってたんだ?」

寝起きの彼はいつでも機嫌が悪い。
今は具合が悪いのだからなおさらだろう。

「ちょっと、ね。頭は痛くない?」
「痛い」

こっちを睨んであっさりと即答する。
オレの前でだけ見せる子供っぽさ。

「じゃあ薬を飲んで。包帯も替えなきゃ」
「嫌だ」

にべもない。オレが出かけていたのが気にくわないのだろう。

「怒らないでよ。知り合いに会ってたんだ」
「知り合い?」

オレは一呼吸おいて、彼を試す。

「幽助だよ。あなたにとって…仲間かな?覚えてないの?」
「…ゆうすけ?」

赤い瞳が無くした記憶を探って泳ぐ。

「…ゆうすけ…誰だ?…っあ痛ぅ!」

泳いでいた瞳は苦痛に閉ざされる。
額の包帯を両手で押さえてソファに突っ伏した飛影を慌てて抱き起こす。

「無理に思い出そうとしないで。余計に痛くなるよ」
「っく!あ、痛っ…お前のせいだろう!」

痛む額を押さえて、怒鳴る。

「ごめん。悪かったよ。傷を見せて」

しぶしぶといった風に、飛影は額から手を放した。
手早く薬を作り、厚い包帯に手をかける。 包帯を外した額には、邪眼を摘出した生々しい傷跡がある。 傷薬を染み込ませた布をできるだけそっと傷口に這わせる。

意地っ張りな彼は苦鳴を上げまいと唇を噛むが、小刻みに震える体が苦痛を表していた。

かわいそうに。
邪眼を付けるのは死ぬ思いだったはず。
なのにそれを失ってしまった。

薬を塗り終わった傷口の縁に、オレはそっと唇を落とす。 ビクッと跳ねる体を抱きしめて耳元でささやく。

「ごめんね。もっと早く手当てできれば摘出しなくてもすんだかも…」
「…別にお前のせいじゃない。オレがヘマをしただけだ」

剣は小さく細かったのに、彼の額の瞳を的確に貫いていた。
見つけた時には、さすがの彼も瀕死の状態だった。
潰された眼を摘出しどうにか命は取り留めたが、目覚めた彼はオレ以外の事は何一つ覚えていないどころか 自分に傷を負わせた敵の事さえ覚えていなかった。

幽助たちや躯のことはもちろん、あれほど大切にしていた雪菜のことでさえ。

「でも、嬉しいな。オレのことは覚えててくれたなんて」

愛を感じるなあ、と笑うオレを、彼はいまいましそうに睨む。

「お前みたいな図々しいやつ、忘れようとしても忘れられなかったんだろ!」
「そお?…熱にうなされてる時、オレの名前呼んでたよ?」
「っな…!」

これは本当のこと。
見る見る飛影は真っ赤になる。
思い当たるふしでもあるのか、黙ったままぷいと横を向く。

飛影はオレを愛している。
もちろんそれはわかっていた。
でも、それだけじゃ足りなかったんだ。

抱きしめていた体をようやく放し、オレは新しい包帯を巻き直す。
冷めてしまった薬湯も作り直し、蜜を混ぜて甘くして渡す。嫌そうな顔でそれを受け取り、飛影はチビチビと舐めるように飲む。

「…まだ苦い」
「ちょっとは甘くしたでしょ?熱も下がるし、痛みも和らぐから」

傷に響かぬよう、後頭部をそっと撫でながらなだめる。

「…絶対に殺してやる」
「そうだね…」

飛影は傷を押さえくやしそうに言うが、記憶がない状態で 相手が誰だったかも思い出せないのでは厳しいだろう。

「あなたをこんな目にあわすんだから、相手もよっぽどだろうね」
「……」
「もし…見つけたら…オレが殺してあげるよ」
「…大きなお世話だ。自分でやる」

そう言って、不味い薬湯を飲み干す。

「いい子だね」

そう言いながらキスを落とすと、素直に口を開ける。
彼の口の中は薬の味がして苦かった。

「…苦い」
「お前が作ったんだろ」
「ごめん。…ねえ、他の人たちにも会わなくていいの?」
「他の…?」
「あなたの仲間の…幽助たちや、大切な妹の雪菜ちゃんに。会ったら思い出せるかもよ」

雪菜の名を出しても、赤い瞳は何も変わらない。

「…誰にも会いたくない」

そこで顔を上げ、真っ直ぐオレを見る。
至高の宝石のような深紅の瞳。

「お前だけいれば、それでいい」

頬を染めて言い放つ。

…この一言が欲しかった。
そのために、こんな汚い手を使ったのだ。

「…オレも飛影だけいればいいよ」

抱き上げて膝に座らせる。
小さな温かい体。邪眼を潰されたせいで妖気はひどく弱くなってしまった。

「早く傷が良くなるといいね」
「…ああ」
「早くあなたを抱きたいよ」
「……」

またもや真っ赤になる彼を腕の中に納め、オレは笑った。

ねえ飛影?
オレだけを覚えているなんて、オレに都合が良すぎない?
あなたにあんな傷を負わせるなんて…相手は相当強いんだよ。

…例えばオレみたいに。


...End