熱帯夜

「うにゃあっ!!」
「ごめ…!!…痛ったあ!」

午前二時。

夏の夜の澱んだ空気に、一匹と一人の声が響く。
***
「引っかかなくてもいいじゃない…」
「お前が俺のしっぽを踏むからだろうが!!」

思いっきり踏んづけられたしっぽをなでなで、耳の毛をピンと逆立てて、飛影はシャーシャーと怒っている。

「痛い~。本気で引っかいたでしょ」
「当然だ」

血のにじむツメ跡は蔵馬の右足の甲に、くっきり四本赤い線を描いている。
血を拭きとり、傷薬を塗り込みながら、蔵馬はブツブツこぼす。

「だって、飛影があんな所で寝てるから…」
「俺の勝手だろうが。足下に気をつけろと何度言ったらわかる!?」

そうだ。蔵馬が飛影のしっぽを踏んづけるのは、この夏三度目だ。

「だって~」

蔵馬にだって言い分というものがある。
今年の夏は一際暑い。熱帯夜が続く季節になると、飛影はベッドでなんか寝ていられるかと、家中の涼しい場所を探して寝るようになってしまった。それは廊下だったり、キッチンだったり色々で、共通しているのは冷たい床を探して寝そべっているということだ。
で、まれに夜中に起きた蔵馬が、トイレに行く途中、キッチンに水を飲みに行く途中、と、飛影のしっぽを踏んづけるのだ。

「だって、君のしっぽ、真っ黒なんだもの…」
「だからなんだ!!」
「俺は君ほど夜目がきかないんだよ…」
「よく見ろバカ!」

飼いネコのわがままには慣れている。
蔵馬は手早く足に包帯を巻いた。

「ねー、飛影。ベッドで寝ようよ」
「断る。暑い!お前の家はなんでこんなに暑いんだ!」
「いや、この家が暑いんじゃなくて、今年は猛暑なんだよ…」
「知るか」

本当に今年は暑い。例年ならば朝晩は涼しくなってもいいはずの時期なのに、まだ熱帯夜が続いているのだから。雪菜など飼い主の女社長とともに、遠い異国へ二ヶ月間もの避暑へと出かけてしまっている。一緒にどうかと雪菜に誘われたが、二ヶ月も休める仕事などそうそうない。
おまけに、クーラーという文明の利器があるというのに、飛影は人工的な冷たい風は眠る時には嫌だと言って譲らない。
扇風機でさえも、羽の回る音が耳障りだという。

暖房器具は、ヒーターもストーブもこよなく愛しているくせに。

「じゃあ、俺も廊下で一緒に寝ていい?」
「バカか。お前が隣にくっついてたら暑いだろうが」
「…でも」

でも、セックスもずいぶんご無沙汰なんですけど、という言葉を、蔵馬はかろうじて飲み込む。
このクソ暑いさなかに、もっと暑くなるようなことなど絶対にお断りだと飛影は言う気がする。セックスどころか一緒に寝ることさえおあずけにされて結構経つのだ。ここはひとつ言っておかないと秋までセックス抜きの生活にさせられそうで、蔵馬は勇気を奮い起こして聞いてみる。

「ねえ、飛影」
「なんだ」
「俺は一緒に寝たいんです。君と」
「暑いだろうが」
「でも…あの…俺、君とセックスもしたいなー、なんて」

踏まれたしっぽを撫でていた手が止まり、赤い瞳がじろっと蔵馬を見上げる。
頬が赤いのは、怒りなのか羞恥なのか。

「嫌だ」
「暑いから?」
「そうだ。このクソ暑いさなかに余計に暑くなるものなんかお断りだ」

やっぱり、とうな垂れた蔵馬は、当初の目的だった、水を飲むという行為を思い出し、カランと涼しげな音を立て、グラスに氷を入れた。

「飛影も飲む?」
「ああ」

氷を浮かべた水面を指先でくるくると数回かき混ぜると、グラスも中身もみるみる冷えていく。
氷も、水も、無数の水滴をつけたグラスも、熱帯夜にはなんと魅力的に輝くことだろう。

綺麗で、冷たくて。

「……飛影」
「なんだ?」

グラスを受け取ろうとした手をつかまれ、飛影は不審そうな声を出す。

「暑いのは、嫌なんでしょう?」
「そうだ」
「じゃあ、暑くなければいいんですよね?」
「何?」

グラスの中の氷をカランと鳴らし、蔵馬は微笑む。

「…冷たくて…気持ちいいこと、しませんか?」
***
「ニャ…ッ、ア…」

キッチンに続くダイニングルームの床の上。熱帯夜の今夜でも、床はひんやり冷たく、硬いことさえ気にしなければ気持ちがいい。
パジャマ代わりのタンクトップとハーフパンツを脱がされ裸にされた飛影は横になり、のしかかる蔵馬にいやいやと頭を振って形ばかりの抵抗をしてみせた。

「あ、ヤ、うにゃぁ…んむ…ん!」

時間をかけたキスに、飛影の頬はすでに染まっている。

「や、っぱり…暑い、じゃないかっ…ん…んん!?」

かちゃり。
飛影の口の中に、蔵馬の口の中で半分溶けかかっていた氷がすべり込んでくる。

「んん!冷た、い…っ!」
「…ね?冷たくて、気持ちいいでしょう?」
「ん…んーっ」

ガラスのボウルに、蔵馬は冷凍庫の氷をありったけ積み上げ、側に置いている。

口に含み、キスを交わして、氷を行き来させる。
空いた方の手は、氷をつかみ、飛影の白い肌、首筋に鎖骨に胸にとすべらせる。

「ヒアッ、冷たい!ヤ!ニャアア…」

つうっと胸をすべり落ちた氷が、飛影の小さなへその上で止まる。
その冷たさに、白い体が小さくのけ反る。

「くら、やめ、バカ…っ!!」
「だって、飛影が暑いのは嫌だって言うから…」

くすくす笑いながら、蔵馬は小さな乳首を唇で挟む。
軽く歯を立て、舌先で転がすようにして、丹念に愛撫する。

「ア、ア、ア…ンゥ」

プツンと赤く尖った胸元から唇を離すと、蔵馬は氷をまた一つ、手に取った。

「ヒッ…!」

熱い乳首に、氷が当てられる。
その温度差の衝撃に、飛影の黒い耳がぶるっと震える。

「やめろ…にゃあ!くら…バカ…」
「待って…今もっといいことしてあげる…」

白くしなやかな足をつかみ、関節がきしむほど大きく広げさせる。
それに飛影が抗議の声を上げる間もなく、蔵馬は口に氷を含み、そのまま、飛影の股間に顔を埋めた。

「……ヤ、ア、何、ウア、ニャアッ!! アアアアアアーッ!!」

氷を口に含んだままの、口淫。
氷と、氷に冷やされた粘膜が、飛影の陰茎を包み込む。

目の前が真っ白になるようなその刺激に小さな尻は、床が音を立てるほどの勢いで跳ねた。

「ア、ヤ、ニャ、ア、アアアアア、ん!! んんんん!! ヤ、ア!」

氷をのせた舌が、先端を、カリを、縦横無尽に舐め回す。
時折軽く歯を立てられ、あっという間に一回目の射精は訪れた。

「ウアッ…ああ…っ!!」
「早いね…そんなに気持ちいい?」
「…にゃ、にゃあ…っ…この…変態…っ」

大きな瞳を潤ませる飛影に、だって、と、蔵馬はらしくもなくふくれてみせる。

「だって、君が一緒にも寝てくれないから」
「だからって、こんな、こ…ア!嫌!」

陰茎の下のやわらかな皮膚に氷が押し当てられ、飼いネコは身をすくませる。
あたたかな皮膚を冷たく濡らされ、萎えていた前に、ぐっと芯が入る。

「ァ、ン、アア…」

窓を開けてあるとはいえ部屋の空気は生ぬるく暑く、体にまとわりつく。
氷を当てられているのは体のごく一部だけなのに、ゾクッと走る、悪寒にも似たこの電流のような刺激。

「ふ、あ、にゃあぁぁ」

暑いから嫌だとごねていたことも忘れ、いつの間にやら飛影は蔵馬の首にしっかりと腕をまわし、喘いでいる。暑さのせいで拒否していた久しぶりのセックスだったが、飼いネコもまんざらでもないようだ。

「あ…くら、ま……」
「もっと、欲しくなったでしょ?」
「……っ」

もっと欲しいなどと、言えるわけがない。
薄い唇を噛んで、黒猫がうらめしそうに蔵馬を睨む。

「いいよ…じゃあ今度はこっちね…」

薄い肉付きの尻が開かれ、奥の穴が剥き出しになる。
綺麗に皺のよった、薄ピンクのそこに、蔵馬は、氷を…

「ニャアアッ!! ニャア!ウア、アアアアアニャアッ!」
「…ここはいつでも湿ってて熱い場所だからさ、気持ちいいでしょ?」
「ア、ヤ、ヤ、やぁ、よせ…っ」

蔵馬の長い指に挟まれた氷は、入口付近を濡らすように、冷やすように、くるくると円を描く。
氷が通るたびに窄まりはキュッと縮み、その動きはかわいらしく、淫猥だ。

「うあ、やあ、くら、もう…やめ…」

冷やしてばかりいては、穴はちっとも弛緩しない。
縮こまってヒクヒク動くのも見物だったが、蔵馬は次へ移ろうと、ガラスのボウルに一緒に入れて冷やしておいた、ローションの瓶を手に取った。

「あ、にゃあっ…ぅ、ふ、ニャアアアアッ!?」

トロリと冷たいローションが、陰茎に、尻の狭間にと、たっぷり注がれる。
ミントの香りのするそれはもともと清涼感のあるものだったが、冷やされていたせいで、一気に体温を奪う。

「冷た…っ、もう、あ、あ、あ」

ぐちゅ、ぐちゅ、と扱かれ、蔵馬の手の中で、それはゆるゆると勃ち上がり始める。
外側はひどく冷たいというのに、内側はどんどん熱くなる。

「…ねえ、飛影。手が冷たくなっちゃった…あっためてよ」

自分が始めておいて何を勝手なことを、と言おうとした飛影だったが、ローションをたっぷりとまとった冷たい指が穴にぐちゅりと押し込まれ、言葉はつっかえてしまった。

「あ…ふ、ああ…ん」

体内に潜り込んだ指はびっくりするほど冷たかったが、熱すぎる体内ですぐに温度を取り戻す。
中を擦り、穴を揉み解すように広げるその動きに、たっぷりのローションがぶちゅぶちゅと音を立てた。

「う、あ……くら、ま…」

狭い穴は大きく口を開け、三本の指を締めつけている。前はピンと天井を向いている。
もう体のどこにも、冷たさは残っていない。

「暑い…熱い…くら、ま……あつい…っ」
「…嫌?」
「…………にゃ…じゃ、ない」

嫌じゃない。
その言葉に歓喜した蔵馬のものが、次の瞬間、飛影を貫いた。
***
「アーーーーッ、ア!ア!ア!」

ガツン、と、尻を揺さぶられ、貫かれる。
股間が尻にぶつかるたびに、パン、パン、と高く響く音。

自分の腹と蔵馬の腹の間にあった飛影のものはとっくに白液を噴き出し、挟まれたまま二人の動きに翻弄され、また硬くなるという繰り返しだ。

「ヒアッ、くら…!もう、もう…!」

一体どれほどの時間が経ったのだろう。ずいぶんとおあずけにされていたせいもあって、蔵馬の抜き差しは今日は異常に長い。

膝の上に抱き上げて、尻を高く上げさせた四つん這いにして、一度も抜かないままに飛影の体を何度もひっくり返し、何度も何度も尻を奥まで突いた。

「…飛影…ひえ、い…っ」
「にゃあ!ニャア、ニャアアアア!!」

夏の朝は早い。
カーテンを開けたままのキッチンの窓からは、白い朝の光が差しこみ始めていた。

「も、や、んうっ!! ケツが…壊れる…っ!くら、まあ!!」
「ごめん…もうちょっと…」

四つん這いの飛影に、蔵馬は覆いかぶさっている。二人分の汗が、ぽたぽたと、絶え間なく床に滴る。
何度も中に出されたせいで、パン、という音は消え、ぐちゅっ、ぬちゅう、という粘度のある、卑猥な音が響き渡る。

「ごめ…これで…最後…っ」
「あ…ふ、アアアアア!ニャアアアアアアアッーーー!!」

直腸全部をぎっしりと押し広げたものの最後の一突き。
たまらずに上げた飛影の大声が、ガラスの窓を震わせた。
***
「………ふにゃ…にゃあぁ……」

抜かれた途端、飛影はぺしゃんと床に伏せた。

涙と、唾液と、汗とでぐちゃぐちゃになったの顔。
高く上げたままの尻は奥まで丸見えで、注ぎ込まれた液体をヒクつきながら排出している。

その姿は愛しくて、可愛くて、淫らで、たちまち勃起しかけた蔵馬だったが、さすがに今日もう一度仕掛けては許してはもらえないだろうと、自重する。

「…ひーえい。怒った?」
「……怒ってないとでも、思うのか?」

溶けた氷や汗やローションで、床までびしょ濡れだ。
びしょ濡れの床の上で、びしょ濡れの体で、大きな赤い瞳を潤ませて怒られたところで、蔵馬はにやけてしまう。

「何笑ってやがる!!」
「だって…久しぶりで…すっっっっごく気持ちよかったんだもん」

すっっっっごく、などと、あまりに素直な笑顔で言われ、飛影は脱力してしまう。
来年の夏は、あまりため込まさせずにこまめにさせてやろうなどと、研究と対策まで脳裏をよぎる。

「…もういい…俺はシャワーを浴びてくる。お前は片付けてろ」

言い捨て立ち上ろうとした飛影だったが、突かれすぎてガクガクする足腰と、ローションでぬめる床とにひっくり返りかけ、蔵馬の腕の中にすぽっとおさまる。

「はーなーせー!」
「いいじゃない。一緒にシャワー、一緒に一眠り」

片付けは、後で俺がしておきますから。
先ほどまでねちっこくしつこく尻を突いていた者とも思えぬ綺麗な笑顔、碧の瞳。
頬が熱くなった気がして、飛影は慌てて目をそらす。

結局、いつだってこの顔にやられてしまうのだ、と。

「…チッ…好きにしろ」
「はい」

窓からの日差しは、また少し強くなったように見える。
今日もまた、暑くなりそうだ。


...End.