フライとビールと牛乳と

黄金の色をした飲み物はなめらかな白い泡を頭に乗せ、冷たいジョッキの中でしゅわしゅわと幸福な音を立てている。
塩のきいたナッツを二粒、口に放り込み、一気に半分ほどを蔵馬は飲み干した。

「あー」
「美味いだろ?特注で作ってもらってんだぜ」
「最高だね」

モヒカン頭の店長こと酎が得意げに、店のカウンターの奥にあるビア樽を指す。
夕食もついでに済ませたいからいつものフライもおすすめを適当に、という蔵馬の注文に、海老や貝のフライに大きくスライスした黒パンの添えられた皿には、自家製マヨネーズとサラダもたっぷりだ。

普段は酒を飲まない蔵馬にとって、この店のビールは月に一度か二度のお楽しみだ。
知り合いとか友人とか、そういうものとは縁のなさそうな、飼いネコであり恋人でもある飛影からこの店を紹介された時はちょっと驚いたが、ビールも料理も美味く、今では気に入りの店だ。

「いいね、美味しいビールと誰かが作ってくれる夕食」
「ネコ族は働かないからな。あいつら可愛いだけなんだ」
「可愛いだけで充分だよ」
「言ってろ。で、今日は飛影はどうした?例のお泊まりか?」
「そう、お泊まり」

月に一回、飛影は妹の雪菜の所に泊まりに行く。
雪菜の飼い主である躯に言わせれば「何を言っているのかさっぱりわからん」ネコ語で、ニャーニャー言いながら二人でアイスクリームやケーキやクッキーなどをつまみ、夜更かしを楽しんでいるのだそうだ。
静かになったと様子を見に行けば、二人揃って丸くなって眠っているらしい。

二人が一緒に眠る姿は本当にかわいいと、蔵馬は思う。
どうしてそんなに体がやわらかいのかとびっくりするような形で、互いの体のくぼみにはまるようにして、気持ち良さそうにくっついて眠るのだ。

「いやあ、しっかしな。あいつが誰かの飼いネコになるとはねえ。まだ信じらんねえぜ」

まったくよ、俺がさんざん飯を食わしてやったというのに、恩知らずなヤローだ。
この店に来るたびに聞かされる愚痴に、蔵馬は微笑む。

そうぼやく酎はネコ族も猫も好きなのだ。店の中には壁際にいくつもの椅子があり、何匹もの猫が丸くなったり眠ったり毛繕いをしたりと気ままに過ごしている。
気に入りの客の膝の上にどっしり座り、ちゃっかりとおすそ分けを頂戴している猫もいるようだ。

サクサクに揚がったフライにマヨネーズをからめ、蔵馬は口に放り込む。
固くて少し酸味のある黒パンはフライにもビールにも合う。

「引っ越すのか?」

酎が指差す先を見れば、蔵馬がカウンターに置いた新聞だ。
新聞といっても住宅情報専門のもので、たいして大きくもないこの街のそれは薄っぺらい。

「そうなりそうなんだ」

蔵馬は美味しいビールに似合わないため息をつき、新聞を開く。
折り曲げてしるしを付けてあるのは一軒家ばかりで、何度も読み返したのかよれている。

「ほら、路面電車」
「あー!区画に当たったのか?十二番街あたりだったもんな」

老朽化した路面電車の移築は十年も前から決まっていたことで、街の中心、五番街に予定されていた。
ところが、いよいよ工事となり事前の調査になった所で、地下に歴史的な建造物の遺跡が発掘されたというわけだ。

「場所をずらして検討するしかなかったんだよな。当たったのか。いいんだか悪いんだかだな」
「まあね。喜んでる人も多いみたいだけど」

とんでもない急な立ち退き要求に街は、相場よりもずっと高い立ち退き金額を住民に提示したし、そもそも十二番街は比較的新しい家が多い地区で、代々続く家をと抗議する者もあまりいなかった。

「まあ、飛影と相談してあちこち見に行ってみるよ」
「だな。気をつけろよ。犬は人に付き、猫は家に付くって言うからな」
「え?」

聞いたこともない言葉に、蔵馬は首を傾げる。

「んー?どこで聞いたんだったかな。どこか東洋の国のことわざだよ」

店を構える前は世界中の酒を飲むべく旅をしたという酎は、時折見知らぬ国の話をする。

「犬はよ、飼い主が一番大事で、飼い主のいる場所が自分の居場所。猫は逆で、飼い主よりも慣れた家が大事で離れたくないって意味らしいぜ」
「…家に付く」
「ただのことわざだって。冗談みたいなもんだ!」

酎はガハハと笑い、これはサービスな、と今度は黒ビールをなみなみと注いだジョッキを蔵馬の前にどんと置いた。
***
煮炊きのために細く開けた窓からは、春の夜のどこか湿った匂いがする。
チーズが焦げる匂いに混ざるその香りを深く吸い込み、蔵馬はボールをかき混ぜていたスプーンを置いた。

「飛影、ご飯だよー」

呼んでみるが、返事はない。
夕食前だというのに、またどこかで眠っているのだ。

洗濯物用のカゴの中、ソファと壁の間の空間、階段の途中にある造り付けの棚の一番下の段。
人間ならば一発で筋を違えるような狭い場所が、ネコ族である飛影のお気に入りの昼寝場所で、器用に丸まり小さな体をさらに小さくし、気持ち良さそうに眠るのだ。

「こら、飛影」

今日の昼寝は棚の一番下で、そこに入っていた本は階段の踊り場にばらばらと散らばっている。

「ほら、ご飯だよ」

引っぱり出された飛影は、抱き上げられたままむにゃむにゃと呟くと、今日はなんだ、とあくびまじりに言う。

「海老グラタン。ポテトとツナのサラダ。クリームチーズのはちみつがけ」
「よし」

好物に気を良くしたのか、飛影は嬉しそうにスタッと階段に下りる。
ネコらしい身軽さで階段をぴょんと飛び、ダイニングを目指す。

ダイニングのソファに座り、夕食の仕上げをする蔵馬を眺めながらゆっくりとしっぽを振る。

「そのソファで寝ればいいじゃないか。何も狭い所で寝なくても」
「ここもいいが、棚もいい。カゴも」

ちょうどいい寝心地の場所を探すのは案外難しいんだぞ、と得意げに言う飛影に、蔵馬はやれやれと肩をすくめる。

オーブンから取り出したグラタンをテーブルに置き、海老の多そうな所を取り分けて飛影の前に置いてやる。
大きなコップになみなみと注がれた牛乳をおともに、飛影はサラダを頬張っている。

「昨日はどうだった?」
「よくわからん店だった」

躯が夕食にと二人を連れて行った店は、炊いた米を丸めた上に生魚が乗っている料理の店で、どこか東洋の国の料理なのだというそれは飛影には見慣れない物で、目の前で作られるという仕組みも落ち着かなかったらしい。

「味は美味かったが落ち着かん。目の前に料理するやつがいるんだぞ?食うところを見ているんだぞ?」

でも雪菜も躯も美味いと言っていたし楽しそうだったからいい。夜はいちごがたくさん入ったケーキとアイスクリームを食べた。

「東洋か…」

犬は人に付き、猫は家に付く。
東洋のことわざだというその言葉を思い出し、蔵馬は隣の椅子に仕事の書類と一緒に置きっぱなしだった住宅情報新聞をちらりと見下ろす。

「飛影、あのさ」
「お前は?酎の店に行ったんだろう?」
「え?ああ、ビール飲んでフライとサラダを食べたよ。相変わらず美味かった」
「俺もそっちの方がいい。牛乳もあるし」

ビールを出す店に普通は牛乳などあるわけがないが、酎は飛影のようなネコ族と店に居座る猫のために牛乳を常備してくれている。

「来週にでも行く?酎は二号店の方にいるって言ってたからいないだろうけど」
「いない方がいい。あいつは騒々しい」

憎まれ口をたたき、飛影はフォークで海老を刺す。

飛影ごしに見えるリビングは、特段変わった部屋ではない。
そもそも、ネコ族と暮らすと決めた時点で慌てて買ったこの家は、家を建てさあ住むぞとなった途端に外国に転勤になったという家族が売りに出した物で、新築ではあるが、自分の好みで作った家というわけでもない。

第一、この街には厳格な建築基準があり、住宅ならば内部は木でも石でもいいが外はレンガで高さは一軒家なら二階まで、アパートでも五階までと定められており、街全体を統一したトーンで保っている。
おかげで街全体が美しくどこか古典的で、それは蔵馬がこの街を気に入っている理由のひとつでもあった。

一階にはリビングやキッチンやバスルームと仕事の用の部屋、それに客間が二つ、客用のバスルームがある。二階には大きさの異なる三つの部屋があるが、使っているのは二人が寝室にしている大きな部屋だけだ。

ここで飛影と暮らして三年になる。

どうということもない家の中にさえ、思い出はたくさんある。
この家で何度キスをして、何度抱きあって、何度繋がって体温をわけあっただろうか。

物事は合理的に進める方だ。
らしくもない感傷を感じている自分に驚き、蔵馬はたっぷりかけられたはちみつで輝くチーズを切り分けた。
***
「うーん。悪くはないんですけどね…」
「でしょう?部屋数はそう多くはないですが、天井も高くて窓も多くていい家ですよ」

二人でお住まいなら、充分かと思いますけどねえ。
不動産屋の男は、少し困ったように言う。

困っている、というのは蔵馬もわかっている。
急ぎで家を探していると言うわりには、どの家にも煮え切らない返事をする客である自分は、きっと面倒な客なのだろうとは思う。

大きな窓。
その窓辺で眠る飛影を想像してみる。

広々とした寝室。
真ん中に置いたベッドで飛影を抱くことを想像してみる。

「…どうも、しっくりこなくて」
「なるほど…。では次、行きましょうか」

営業用の笑顔で、男は鍵束を取り出した。

結局、五軒の家を回り、そのどれもに蔵馬は首を傾げ、不動産屋に礼を言って家へと帰る。
夕食用の買い物をし、家に帰ると今日はクッションで眠っていた飛影が起き上がった。

「どこへ行っていた?」
「仕事の打ち合わせでね、ちょっと」

不機嫌そうな飛影の言葉に苦笑し、短い黒髪とそこから突き出しているフワフワの耳を撫でる。
自分は気まぐれに外へ出かけるくせに、戻ってきた時に蔵馬がいないと機嫌を損ねるのだ、このわがままなネコは。

「最近多いな」

むすっとしたまま、飛影は言う。
確かに蔵馬の仕事は在宅仕事で、仕事で外へ出るのは週に一、二回だった。
このところ打ち合わせと称して毎日のように家探しに出かけているのだが、なぜか蔵馬はそれを言い出すタイミングを失っている。

ニュースも見ない、新聞も読まない、ご近所付き合いもない飛影はまだ、この地区が立ち退き地区になったことは知らないはずだ。
さっさと教えて一緒に家を探す方がいい。飛影にだって好みというものがある。

わかっているのに、なぜか蔵馬は言い出せずにいた。
***
「家、建てちゃうっていう手もあるんですけどね、でも十二番街がだめとなるとなかなか新築は難しいんですよね」

三軒目の不動産屋の、ぽちゃぽちゃと太ってはいるが、若く可愛らしい女は言う。
この街では新しい住宅を建てられるのは十一番街から十四番街までだったのだが、路面電車の移築で十一番街と十二番街は住宅地としては使えなくなる。
となるともっと古い地区の家を買って中をリフォームして住むというのが現実的だが、どうも踏ん切りがつかない。

「ネコ族の方とお二人でしたよね」

ネコ族をちょっと下に見る人間は多い。
けれどこの若い女はそんなこともなく、ただ人間とネコ族と二人で住む家を探すだけだという口ぶりで仕事に徹しており、蔵馬は気に入っていた。

「ネコ族、狭い場所とか好きですもんね、古いお家って造りが広々していて案外そういうすき間がないって言うか」
「よくご存知ですね」
「ええ。友人にネコ族と暮らしている者がおりまして。人間と変わらないように見えてもやはり種族のごとの好みというものがあります。そこを考慮いたしませんと」

何事かをメモ用紙に書き込み、女は首を傾げる。
うーん、あとは六番街と七番街に条件に合いそうなお家がいくつかあるんで、そっち行きましょうか、と頷く。

「あの、同居人の方はご一緒じゃないんですね?」
「え?ああ、はい」
「一緒に探した方がいいんじゃないでしょうか?同居人の方が気に入らないとやっぱりだめですし」
「ですよね…」

いい人だ、と蔵馬は微笑む。

ネコ族と暮らしてるんですか、へええ、と小馬鹿にした一軒目の不動産屋の男とは雲泥の差だ。 この人の店で契約しようと決意しつつ、どの家にしたものかと蔵馬はため息をつく。

厚みのあるアンティークな扉に鍵をかけ、二人で階段を降りかけた瞬間。

「蔵馬」

不機嫌を固めたような顔で、飛影が立っていた。
蔵馬と、横に並ぶ若い女を交互に見る目は険しい。

「仕事だと?ずいぶん楽しそうだな」
「飛影、この人は」

ピンと突き出した耳と黒いしっぽに、不動産屋の女は笑顔になると、階段を降りた。
知らない人間に触れられるのを好まないネコ族の習性をわかっているのだろう。握手のための手は差し出さず、ぺこりと頭を下げた。

「初めまして。私、お家を探すお手伝いをさせていただいております者です」
***
「じゃあ、ここには住めなくなるのか」

リビングの大きなクッションにどさっと座り、飛影は天井を見上げて言う。

「そうなんだ。路面電車の立ち退きでね」
「いつ決まったんだ?」
「二ヶ月くらい前かな」
「二ヶ月?」

赤い瞳が細くなる。
そういう顔をすると、本当に猫っぽい、などと蔵馬は考える。

「なぜ言わない?」
「ごめん。なんか…タイミングを逃したって言うか…」

犬は人に付き、猫は家に付く。
酎の言葉が蔵馬の頭の中に蘇る。

馬鹿馬鹿しい。
ただの遠い国のことわざだ。けれどその言葉がトゲのように引っかかり、飛影にとって完璧な家を探し出してから言わなければ、という妙な使命感が宿ったのも確かだ。

そこまで考えて顔を上げると、今度は飛影が顔を伏せている。

「飛影?」
「…お前、俺を置いていくつもりだったのか?」

蔵馬は驚きに口をぽかんと開ける。

「そんなわけないだろう。お前を置いていく?」
「じゃあどうして、一人で家を探していた?」
「それは…」
「捨てネコにするつもりじゃないって言うなら、なんなんだ?」
「…犬は人に付き、猫は家に付く、って」
「は?」

犬は飼い主が一番大事で、飼い主のいる場所が自分の居場所。猫は逆で、飼い主よりも慣れた家が大事で離れたくないって意味なんだって。東洋の国のことわざ。

「俺が?この家から離れたくないって?」
「結構気に入っているでしょう?この家。だから引っ越さなきゃって言い出しにくくて」
「そんなことを考えていたのか?」

黒いしっぽがぴーんと立つ。
怒ったり興奮したりしている時のネコ族のしっぽだ。

「馬鹿だなお前。だいたいここに残ったってこの家はなくなるんだろうが」
「そうだね」
「なら秘密にしてたってしょうがない。明日から俺も一緒に家探しに行くぞ」
「本当に?知らない人間と会うの嫌でしょう?」
「嫌だ。だからさっさと決めるぞ」

腹が減った、飯にしろ。
ぼふっとクッションに丸くなり命令する飛影に、蔵馬は笑って頷いた。
***
「すごーく考えて選んだ家ってわけでもないのに、飛影と過ごした三年間を思うとさびしいんだよ」

洗い立てのピンとしたシーツのベッド。ぬるめの風呂であたたまった体を後ろから抱き、蔵馬は呟くように言う。

寝室の空気も、春の夜の匂いがする。

蔵馬のパジャマのシャツはどれもこれも、すっかりのび切ってだらんとしている。
それは冬の間、飼いネコがパジャマの中にもぐるという悪癖に目覚めたからではあるが、飼いネコは自分はもぐっていない、俺が寝ている隙にお前がもぐらせたのだろうと認めないのだ。

「お気に入りの場所が、いくつもあるだろう?」
「俺が気に入りの場所がないと暮らせないような、女々しいネコだと思っているのか?」
「思ってないけど。でも、飛影」

腕の中の飛影は眠ってしまったのか、返事はない。
首筋に口づけ、肩に顔を埋めるようにして目を閉じた蔵馬の耳に、小さな声がした。

「木の棚はいるぞ」
「うん」
「洗濯カゴも持っていく」
「うん」
「ソファを壁にぴったり付けるなよ」
「うん」
「ハンモックとやらも使ってみたい」
「うん」
「あとは」
「結構いっぱいあるね」

蔵馬は笑い、首筋に戻した唇でやわらかな皮膚を吸う。

「…でもな」
「ん?」

腕の中で飛影はくるりと反転し、蔵馬の胸にぴたりとくっつく。
飛影の小さな手が、ぎゅっと背中に回される。

「でも…どれかひとつだけなら、お前にする」

背中に回された手が動き、シャツをたくし上げ、素肌に触れる。
ネコ族特有の高い体温が、蔵馬の背に伝わる。

「…飛影、そういうのさ、時々言ってくれると嬉しいんだけど」
「断る」

引っぱり出されたシャツの裾、蔵馬の腹に頭を押し付けるようにして、飛影はシャツの中にもぐりこむ。
すでにのび切っているとはいえ、もぐりこんできたネコに生地がびろーんとのばされる。

ぷは、と飛影が顔を出す。
パジャマの首元から顔を出し、赤い舌先で蔵馬の唇をそっと舐めた。

「……くら」

ふいに口づけられ、言葉が途切れる。
音を立ててボタンが飛んだパジャマを脱ぎ捨て、蔵馬は覆いかぶさる。

「くら…ま、あ」

覆いかぶさり、ふわふわした耳になめらかな頬に、半開きの唇にと吸い付くようなキスをしながら、蔵馬の指先は手早く器用に飛影の服を脱がせる。

一緒に暮らした三年間の間、数え切れないほど重ねた行為だというのに、お互い少しも飽きない。
貪るように唇を重ね、互いの体を手のひらで指先で、探る。

蔵馬の右手は飛影の足の間を行き来し、左手は胸元を探り、二つの赤い粒を育てている。
飛影の両手は蔵馬の足の間にのばされ、これから自分の体内に入ってくるものを上下に擦る。

「あ、あ…う…にゃ……」
「ひえ…い、もういいよ…足、広げて…」

ベッドサイドの小さなテーブルの上から小瓶を蔵馬は取り、指先に絡めた。
遠慮がちに開かれていた足をつかんで大きく広げさせると、狭間に指をすべらせる。

「ん!あ…」

体温の高いネコ族は、体の中も熱い。
熱くてきつい穴の中で指を動かし、丁寧にゆるめていく。
ぐるりと回し、指を増やし、くちゃくちゃと掻き回す。

「飛影…好きだよ…好き」
「ん、あ!ああ…ん、にゃ……っんあ」

くちゅ、と音を立てて指が抜かれる。
抜かれた指の分だけ口を開けて待っているそこに、蔵馬は硬い先端を押し付けた。

覆いかぶさる蔵馬の背に両手を回し、飛影が目を閉じる。

「蔵馬、く、…あ、あああっ、あ!にゃ、ああ!」
「…ひえ…熱い…気持ちいい…」

そこからはもう、言葉もなく腰を振る。
体の中を突き上げられるたびにしっぽをピンと立たせ、小さな唇から声とも鳴き声ともつかない声が漏れる。

ネコ族特有のやわらかな体を開ききり、尻を蔵馬の股間にぴたりとつけ、飛影は背をのけぞらせて喘ぐ。

「うあ!あ!あ!っあ!…う、にゃぁ、あああ…」
「こんな、に…」

腰の動きを止めないまま、こちらもピンと立った黒い耳を、蔵馬は唇で軽くはむ。

「あ!うあ!うあ!んん、あっ…ひ」
「…こんなに…俺はお前を、っ、なのに…どうして一瞬でも捨てネコになる、なんて、考える?」

突き上げながら囁けば、飼いネコはぶるりと震え、にゃああ、と小さく鳴いた。

「っあ、お前、が、隠し事をす……あ!っぐ!…や」
「それだけ?」
「…っ、あ……俺は…」

黒い耳がくたりと垂れ、突き上げられる熱さに白い頬は赤く染まっている。
困ったように二三度目を泳がせ、飛影は湿ったため息をついた。

「…俺は…どこかでまだ、この暮らしが…あ!っなく…なる…かもしれ、な!あ!…っと思っ…」

抜ける寸前まで引き、蔵馬はそこで動きを止める。
噴き出す寸前だった飛影のものを指できつく締め、間に合わない呼吸に忙しなく上下する体を見下ろす。

「飛影」
「あ、や、…っあ、手、離せ……っ」
「離さない」

とろとろに潤んだ目をなんとか開け、飛影は覆いかぶさる男を見上げる。

「飛影。一生、離さないからな。地の果てまでだって連れて行く」

いっそ冷たいとも言える強さで放たれた言葉に、飛影はゆっくりと笑う。
恐怖でも疑惑でもない、安堵の色を浮かべて。

「…っぁ…望む、ところだ…」

一生、ついて行ってやるさ。
そう言って笑うと、蔵馬の腰に巻き付けていた足をぐいと引く。

「いい、から…さっさとイカせ…っ」

その動きに再びじゅぽんと音を立てて体内に入ってきた熱さに飛影は声を上げ、勢いよく精を吐き出した。
***
満面の笑みを浮かべ、女はサインを貰った書類をうやうやしく箱にしまう。
リフォームの件、必ず間に合わせますので、と宣言し、二人に手を振った。

とことこと小走りに駆けていった女の背中が見えなくなったところで、二人は玄関へと続く数段の階段、古めかしいアンティークな手すりによりかかり、新しい住み家となる家を見上げる。

「いい家に、しようね」
「ああ」

しっぽを軽く揺らし、二階の大きな窓を飛影は見つめている。
たっぷり陽が差すあの窓は、いい昼寝場所になりそうだ。

「飛影、引っ越したら、東洋のご飯してあげるよ」
「東洋のご飯?」
「炊いた米の上に、生魚が乗ってるってやつ」
「ああ。そういえば広い台所だったな」
「さてと、引っ越し支度が大変だ」
「それはお前の仕事だ」

えー、という蔵馬の声を無視し、飛影は階段を降り、レンガ敷きの歩道を歩き出す。
春の夕暮れのピンクとオレンジが混ざり合うような空が、二人の街を包み始める。

「ご飯食べて帰ろうか?」
「酎の店か?」
「そう。報告もしないと」
「報告?」

振り向いた飛影の胸元で、石が光る。

「うちのネコは、家じゃなく俺についてきてくれたよって」
「…バカなことを言うな」

つれない言葉とは裏腹に、飛影の足はくるりと右を向く。
それは酎の店のある通りに続く道だ。

厄介な引っ越しについては取りあえず忘れることにし、足取りも軽く二人は歩く。
今夜も美味しいフライとビールと牛乳とパンと、気ままな猫たちが待つ店へ。


...End