カルピス

例えば、とオレは考える。

鍛え上げた体の割に小さい手足や、寝顔のあどけなさや、すぐにカッとなる気の短さだとか。
自分を愛するオレという存在に戸惑いを隠せない幼さも、強がって睨め付ける大きな目も、他人の一部を体の中に受け入れて反り返る喉の細さも。

何もかもが彼の幼さを表していたけれど、これもまた、そうだ。

「飽きないね」

大きなコップに氷を入れ、白くとろりとした液体を注ぐ。
何かの景品だったそれは、青く安っぽい水玉模様が白い液体によく似合う。
冷やしておいた水をたっぷり加え、水切りかごに転がっていた箸で雑にかき回す。

礼もなく無言で受け取り、白くきらめく液体とコップを曇らせる水滴に一瞬見惚れ、次の瞬間、彼は氷を鳴らしてグラスを干す。
人間界ではごくありふれた、どちらかといえば子供が好むものであろうこの飲み物を、彼は偏愛している。

もっとも、こんな風に執着するのも一時で、ある日突然飽きたと言い出し、思いもよらない物を見つめていたりする。
子供っぽいな、と思い、次の瞬間、そもそも子供のなんたるかを知った気でいる自分に苦笑する。

人間に生まれ変わって一番苦労したのは、子供であることだった。

赤子はまだいい。意識を手放してしまえば済むことだ。
意識と体を切り離し、ただ空腹や排泄や不機嫌に肉体が泣きわめくままにしておけばいいのだから。

遠い昔、自我、というものを持った時にはオレはすでに千年の時を生きた狐だった。
子狐だった時にどう生きていたのかなど思い出せるはずもなく、思い出せたとしても人間の子供のふりをするには何の役にも立たなかっただろう。

幼稚園とか学校とか呼ばれる、同じ年頃の子供が集団で過ごす施設で、オレはひたすらまわりを観察し、同じような行動を母親にして見せた。見本となりそうな子供を見つめ、そっくり真似て振るまったのだ。

彼女にとって、オレが最初の子供だったことは幸運だ。
二人目や三人目の子供だったら、きっと彼女とその夫は、個性というものを感じない、複製めいたオレの仕草や言動一つひとつに、拭うことのできない違和感を感じただろう。人間は案外鋭い。特に、自分の子供に関しては。

そしてオレは、彼女の最初で最後の子供だった。
半妖のオレを宿したことが、次の子供を授かることができなかった理由だろう。つくづく、あの人の人生を狂わせた。

カルピスの甘さの残る、白っぽく光る氷が残るコップを床に置いたまま、彼は寝そべり、よく晴れた窓からの風に心地よさそうにうとうとし始めている。

そんな所にコップを置いたままではひっくり返すとか、ベルト代わりの腰紐の結び目が前に来ている服を着たままうつぶせで眠れば後で不快な思いをするとか、そもそも訪ねてきておいて、出された昼食と菓子を平らげ、カルピスを飲み干し、もう眠ろうとしていることとか。

執着と飽きっぽさと気まぐれと。
多分妖怪としても子供の部類に入るだろう彼の気ままなふるまいに、羨望のため息をつく。

「あの頃…」

聞いているのかいないのか、あくびをした飛影が、折りたたんだ自分の腕を枕にし、目を閉じる。

「あの頃、オレのそばにいてくれたら良かったのに」

いてくれたら、お前を真似たのに。
構えば怒り、放っておけば怒り、好きも嫌いも明日になればくるりと手のひらをひっくり返して生きたのに。

「ほら、飛影」

頬をつつき、ソファを指しても、もはや半分眠りの中の彼は移る気もないらしい。
薄いクッションを折りたたんで枕代わりに顔の下に押し込み、背と尻を覆うようにタオルケットをかけてやる。

水滴を床にこぼすコップをそっと取り、台所で食器と一緒に洗い上げる。
いくつもなかった食器を洗っていた時間は五分もなかっただろうに、戻ってみれば小さな体はもう寝息にゆるく上下している。

「飛影」

すぐ隣に並んで寝そべり、短い髪を指で流し、耳元で囁く。

「オレには、飽きないでくださいね?」

大きな目はすっかり閉じられ、あたたかな呼吸に小さな口が薄く開いている。

眠る者のそばにいると、眠くなる。
それを知ったのは、いったいいくつの時だっただろうか。

開け放ったベランダの、コンクリートに四角く切り取られた青空が見える。
初夏の風と規則正しい寝息に、午後をあきらめて目を閉じた。

...End.