call...side Hiei

冷たい手で、核をわし掴みにされた気がした。

オレもそいつも、百足の戦士の一人なのだから、当然、顔は見覚えがあった。
でも、名は知らないし、話したこともないやつだ。

泣くでもなく、わめくでもない。
そいつは、自分の懐に屍を抱きしめ、ただ黙って宙を見据えていた。

そいつらの何が、こんなにオレを捕らえたのか、すぐにわかった。

屍はすらりとした長身で、黒く長い髪をしていた。
屍の頭部は体と切り離されていて、辺りは一面、血の海だ。
その長い髪に指を絡め、ただ茫然とする、その姿。

悲嘆、とか
失望、とか

そんな生易しいものではなくて。

絶望。

…ああ、そうだ。
これは、絶望だ。

目を背けたいのに、できない。

生きている者と、死んだ者。
そいつらを包む、虚無。
二人から、オレは目を背けられない。

なぜって、生きている者も、
もう、本当の意味では生きてはいないと、オレにはわかった。

あいつの心は、魂は、あの屍と一緒に、死んだのだ。

ふいに、後ろから声がした。
パトロールから戻ってきた一団が、二人を指差し、笑っていた。

ーおい、見ろよあいつを
ーまったく女々しいな
ーああ。人間界との行き来が多くなった分、人間の女々しさまで魔界に入ってきちまったんじゃないか?
ーそうだ。そんなに大事なら、死体を喰っちまったらどうだ?おい!喰っちまえよ…
ーオレたちがこんがり焼いて喰ってやろうか?

妖怪たちが、嘲笑う。
強くて傲慢で、硬く鈍い心が、弱者を嘲笑う。

そうだ。その通りだ。
誰に殺られたのかは知らないが、死は誰にだって、必ず訪れる。
オレも同じように軽く笑い、この場を立ち去ればいいだけだ。

けれどもオレは笑うことも、喋ることもできなくて、床に吸い付いたように固まっていた両足をようやく引きはがし、踵を返す。
自分の部屋がひどく遠くて、足がもつれる。

どうして、
どうしてあいつを笑うことができるだろう?

自室のドアを閉じた瞬間、たまらず膝を着いた。
自分の肩をきつく抱いても、がくがく震える体は治まらない。

目に焼き付いて離れない、あの光景。

切り離された頭。
それを抱く者。
虚ろな瞳は、何も映してはいなかった。

あれが……いつか未来の自分ではないと、どうして言える?

どうしてあいつを笑うことができる?
同じように落ちぶれた身のくせに。

オレに向けられる笑顔。
オレに囁かれる、言葉。
差し伸べられる、手。
風になびく、綺麗な、長い髪。
鮮やかな碧の瞳。

蔵馬の、碧の瞳。

蔵馬を失ったら。

失ったら。
失ったら…
きっと、もう、

……生きてはいけない。

考えたくない。
考えられない。

いったいいつから。

いつからそんな風に考えるようになった?

恐怖。

怖いと思うなど。
邪眼の手術を受ける前ですら、恐怖などなかった。
強いて言えば、妹を失う前に見つけ出したいという焦り、無くした石を取り返したいという、怒りを伴った、焦燥。

なのに、今、オレは怯えている。
喪失の恐怖に。

いつか必ず、
必ず訪れる、絶望に。
***
人間界の、甘く澱んだ空気を切り裂き、オレは駆ける。

窓枠に足が触れるか触れないかの時点で、オレはコートを脱ぎ捨てた。
床に降り立つと同時に、靴を蹴り飛ばすように脱ぐ。

「…飛影?」

いつものオレは、蔵馬に言われるまでコートも靴も脱がない。
どうしたの、と目を丸くするやつに無言で飛びかかり、寝台に力任せに押し倒した。
蔵馬の読んでいた本が、床にバサリと落ちた。

「ちょっと…飛影、どうしたの?」

オレはやつのズボンに手をかける。
下着ごと引きずり下ろし、中のものを引っ張り出した。

やわらかいそれを口に含み、忙しなく、舐める。
蔵馬は驚いたような顔をしたが、黙ってされるがままになっていた。

口でするのは苦手だし、下手だ。
自分でもわかっている。だから、滅多にしない。

どこをどう舐めて、動けばいいのか、わからない。
軽く歯を立てたり、カリの部分を舌でなぞったりしてみるが、蔵馬がこれで快感を得られるのかどうか。

君がオレのを銜えてくれているだけで、オレは勃たせられるよ。
いつか蔵馬はそう言っていたが、その言葉が嘘じゃない証拠に口の中のものは硬く大きくなってきた。

ちゅぱ、と淫靡な音を立て、口から抜く。
銜えるには大きくなりすぎて、息苦しい。

待ち切れなくて、自分でベルトを外し、ズボンを脱ぎ捨てる。
足を大きく広げ、蔵馬の体を跨ぐ。

「待って、慣らさないと」

尻の奥に、勃起した先端を当てる。
解していないそこは固く閉ざされていたが、構うものか。

「飛影、慣らさないとだめ…」
「黙れ!……あ、アアアッ!! …うっ」

蔵馬の言葉を無視し、一気に腰を落とす。
貫かれた箇所が裂ける痛みに、息が止まりそうになる。

「っぐ、……あぅっ」

結合箇所が、カアッと熱くなり、濡れる。
裂けた入口から流れ出した血は、オレの体を、蔵馬の体を、濡らす。

痛くて、熱くて…

生きている。
オレも、蔵馬も、生きている。
なによりも、そう感じる。

「…っ…飛影?今夜、は…どうしたの?」

オレは答える気はない。
尻から下腹を貫く熱さが、苦しいのに、心地いい。
腰をゆっくり振りながら、蔵馬の体に、髪に、頬に、唇に、指を這わせる。

そのあたたかさに、艶やかな生に、酔いしれる。

「アッアッ、んん…くら…ま…」

長い腕がオレの頭を抱き寄せる。
繋がったまま長い長いキスをし、舌を絡ませあう。

「あ、ん…くらま……くらま」
「ん…飛影…」
「……蔵馬…ん、あ…っ」

こわいんだ。

オレは心底脅えていると、お前を失うことを想像するだけで足がすくんで、動けなくなるのだと。
そう言ってやったら、蔵馬は何と言うだろうか。

願わくば、お前より先に死にたいなどと、思っているなんて。
…願わくば、お前と一緒に死にたいなどと、思っているなんて。

「ん、ああっ!」

上を向いてヒクヒクしていたオレのものを、蔵馬の指がぎゅっと握る。
先端の穴を指先で引っかき、上下にねっとりとしごかれる。

「あ、あ、くら…ん!」

血のヌメリを借りて、蔵馬は抜き差しを激しくする。
痛みと快感が、背筋を這い上がる。

「あ!あ!ああっ、ん!!」

体が求めるままに、オレは声を上げ、背を反らす。
奥深くに蔵馬を感じる度に、とろけそうな感覚に包まれる。

「あ、あ、うァ…くら…」

ずっと、こうしていられたら。
抱き合って、貪り合って、一瞬たりとも離れずに。

いつの間にか押し倒され、オレの方がのしかかられていた。
足を抱え上げられ、尻を突かれ、甘ったるい声が溢れ出す。
耳元で、睦言を囁かれる。

「……蔵馬…」

もちろんオレは睦言など返しはしない。
ただ、全身全霊で、蔵馬の名を呼ぶ。

蔵馬、蔵馬、蔵馬。

指に絡めた長い髪を引き、肩に歯を立てる。
口に広がる血の味は、甘く苦い。

「……蔵馬」

お前より先に死にたいと、
お前と一緒に死にたいと、

決して口には出せない思いを込めて、
全身全霊で、繰り返し蔵馬の名を呼んだ。


...End