burden

いままで何人を抱いたのか、あるいは何人に抱かれたのか、と問われたら、オレは首を傾げるしかない。
抱かれた数よりは抱いた数の方がはるかに多いが、どちらにしろ思い出せる数ではないし、もっと言えば思い出せる顔もほとんどない。

かつてのオレは、自分のことだけを考え生きる、自他ともに認める傍若無人の盗賊だった。

ああ。
自惚れ屋で、軽薄で、望めば叶わぬことなど何もないと思っていたあの頃のオレよ。
極悪非道の盗賊と魔界中に名を轟かせ、恐れるものなど何もなかったオレよ。

ほんの少し過去を懐かしみ、傍で眠る“現在”を抱き寄せた。
***
こいつを無表情だとか寡黙だとか思うのは、こいつをよく知らないやつだけだろう。

感情の起伏が激しく、キレやすい。
とてつもなく嫉妬深く、束縛したがりで。
チビのくせに自信家、そのくせ愛されることには自信がない。
自分は妹を愛してやまないくせに、オレの愛情どころか関心でさえ、他の誰に向けられても快く思わない。

本当に本当に本当に、面倒くさい。
昔だったら絶対に相手にしないタイプだったのに。

「ん…くら……」

何事かをふにゃふにゃと呟くと、緩みかけていた両腕をしっかりとオレの首に巻き直し、また眠ってしまう。
首を締める気か、というほど強く巻きついた腕。長い銀髪が引っぱられて痛い。

毎夜のことながら、ちと寝苦しい。
こんなに広い屋敷の、広い寝台だというのに。寝る時ぐらい離れて寝た方がのびのび眠れないか?
そんなことは思っているだけで、もちろんこいつには言いはしない。

もし言ったら?

怒りも喚きも泣きもせず、そうか、と答えるだろう。多分。
真っ赤な瞳に、傷付いた色をなみなみとたたえて。

目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。

浮気はなし。
遊びもなし。
触れるのもなし。
触れられることだって許したくない。
見て触れて、想っていいのはこのオレだけ。

真っ赤な瞳はいつでも、オレにそう語りかけていた。

人間としての人生を全うし、母親を見送り、何もかもを片付けて魔界へ戻ったオレの側には、当然のようにこいつがいた。
長い友情の後で、愛情に変わった関係。関係継続のための条件は、言葉にして伝えられたわけではない。

大きな瞳で、小さな口元で。
握りしめたこぶしや、苛立つ足先で。

小さな体全部で、オレへと伝え続けられていた、メッセージ。
***
何も考えず、今日の相手を選んでいた。
愛することも愛されることも何の責任もなかった、軽薄な浮かれ狐だったあの頃。

今ならいっそ、羨ましい。
なんという重たい荷物を背負わされたのだろうか。

小さくて重たい荷物が、また何か呟き、オレの半分ほどの大きさしかない手で、髪を耳を触る。ここに有ることを、確かめながら眠るかのように。
昼間訪ねて行った先の情報屋が、巻紙を渡すのにオレの手に触れたというだけで無言で眉を吊り上げていたやつとは、同じ者とも思えぬあどけない寝顔で。

肉の薄い尻を、手のひらでぎゅっとつかみ抱きしめてやると、満足そうな吐息がオレの髪にこぼれた。
この何百年間ずっとそうしてきたように、両腕の中にこいつを収めてオレは眠る。
腕をからませ足をからませ、まるで一つの生き物のようにくっついて。

そりゃまあ、見目のいい雌は魔界中にいるし、かわいい雄も同じくらいいる。
しかも、あからさまな誘いは、尽きることなくオレの前に現れるのだ。
まったく心動かされたことはないなどと言えば、嘘になる。

なぜ浮気をしないのかという問いならば、オレは首を傾げたりはしない。

「飛影」

耳元で囁けば、短い黒髪がふるっと動く。
眠そうに目を開け、オレと目が合うと、なんだ、と愛想なく呟き、すぐにまたコトンと寝入ってしまう。

一度でも裏切ったならば、二度目はない。
それを確信できるくらいには、こいつのことを知っている。

真っ赤な目を伏せ、オレを責めるでもなじるでもなく、きっと二度と届かない遠くへ行ってしまう。

重い。まったくもってこいつは重い。
昔のオレなら一瞬で投げ出していただろう、この荷物。

オレが浮気をしないのは、こいつを失いたくないからだ。
失っては困る荷物を、自分で選んで背負ってしまったのだから。


...End.