ボナペティ目の前にゴトンと置かれた皿の上には、焼いた肉と米のような物がどっさり盛られている。彩り、というつもりでもないのだろうが、赤い果実も丸ごと一つ、一緒に皿に盛ってある。酒を飲まない飛影のために、無骨で大きなコップにはなみなみと水が注がれる。 「どうかなさいましたか?」 掃除洗濯に料理、という百足における雑務全てを請け負っている、非戦闘要員である下っ端妖怪が、ぼんやりしている飛影に恐る恐るといった様子で声をかけた。 「…いや。別に」 日課であるくだらないパトロールや、百足内での修業を終え、ひどく空腹だった。 フォークに似た食器を手に取ると、飛影は得体のしれない肉を突き刺した。 百足の広い食堂では、種族ごとに多少内容は異なるものの、みな似たような食事をとっていた。 蔵馬に言わせれば、学校の食堂みたい、だそうだが、何せ移動要塞だ。決まった場所というものがないのだから、行きつけの店ができるわけでもない。食事は艦内でとる方が合理的だ。 ふと周りを見渡せば、誰も食事に対するコメントはない。そもそも、食べ物に関して“食える”ということ以外にはあまり関心もなさそうだ。 以前は自分もそうだったはずなのに、飛影は不思議な気持ちで、食べかけの皿を見下ろす。別に何の不都合もない、不味いわけでもない、普通の食事だ。 なのに、思い出してしまう、思い浮かべてしまう食事は、別のものだ。 黄色い、フワフワのオムライス。 海老や貝がたくさん入ったカレー。 じっくり煮込んだ、完熟トマトのパスタ。 カリカリに揚げたコロッケ。 スープを添えたパラパラの炒飯。 ソースがたっぷりかかった、肉汁の溢れるハンバーグ。 香ばしく、さくさくのクッキー。 苺がたくさん乗った、口の中で溶けるようなケーキ。 …きゅっと形良く握られた、おにぎり。 自分のためだけに、それらを作り、笑顔で並べてくれる顔を思い出し、飛影は舌打ちをする。 あいつが人間界の変な物ばかりオレに食わすから、悪いんだ。 だから、目の前のこの普通の食事を、味気ないなんて、つまらんなんて、思うのだ。 みんな、あいつが悪い。 子供じみたふくれっ面をし、ガタンと立ち上る。 たまたま向いの席で同じ食事をとっていた時雨が、食べかけのまま食堂を出ようとしている飛影に、声をかける。 「飛影、どこへ行く?」 「……野暮用だ」 振り向いた飛影は、ボソッと言った。 ほんのちょっとだけ、頬を赤くしながら。 ***
風のように走り、飛影は人間界に向かう。人間界の美味い食事を求めて、だと、本人は思っている。 本当は、違う。 自分を心底好いてくれている者が、自分のためだけに作ってくれる食事を求めて走っているのだと飛影が知るのは、もう少し先の話だ。 美味しい食事に添えられている笑顔を求めていたのだと知るのは、さらにもう少し、先のお話。 ...End. |