bitter chocolateリビングのソファではなく床に、あぐらをかいて座る。真冬だというのに、ブーツを脱いだ小さな足は裸足だ。 大きな紙袋の中から、大小さまざまな箱を取り出し、床に並べていく。 開ける前からほのかに香る、たくさんの箱。 きらびやかで、美しい箱や袋。繊細なリボン。 チョコレートのラッピングというものは、本当に華美な物が多い。 二十四個のチョコレート。大きさも形もさまざまな箱を、四個ずつ六列に。 柄にもなく整然とそれらを並べると、飛影は蔵馬を見上げ、笑みを浮かべた。 ***
「…食べるんですか?」飛影は答えずに一番手前の箱を手に取り、ベリベリと綺麗な包装を剥がし蓋を開ける。 有名ショコラティエの店の物である箱の中身は、色といい形といい香りといい、いかにも高級そうなボンボンショコラだ。 「食べるの?」 もう一度投げかけられた同じ質問に、チョコレートを口に放り込むことで飛影は答えた。 魔界と人間界を行き来する飛影の生活も、もう何年にもなる。バレンタインを知らないということはないはずだ。 山ほどのチョコレートは同僚や取引先から蔵馬が貰った物だ。無論義理チョコもあるが、値段からして義理とも思えない物もたくさんある。さすがに社会人になった今は、手作りと思しき物は見当たらないが。 人間界の甘い物、特にチョコレートは飛影の好物であるとはいえ、それを嬉々として飛影が口にするとは蔵馬には意外なことだった。 愛情だったり友情だったり仕事の付き合いだったり、理由は様々ではあるが、人間が蔵馬を想ってくれたチョコレートを飛影が食べるとは。 クールなようでいて、実は独占欲が強く、やきもちやきな飛影。 それを蔵馬は十分知っている。もう長い付き合いだ。 バレンタインのチョコレートなど。 腹を立て機嫌を損ね、そんな物には手もつけないだろうと蔵馬は思っていた。だから毎年、飛影の目に付かないように処分していたのだ。なのに今年は処分のタイミングが悪く、うっかり見つかってしまった。 「お茶でも淹れましょうか?」 「ああ。よこせ」 お湯を沸かそうとキッチンに向かいかけた蔵馬はふと飛影の隣にしゃがみ、食べかけのチョコレートの箱に手を伸ばす。 「いたっ」 飛影にパシッと手を叩かれた。 「やらんぞ」 「こんなにいっぱいあるのに?」 「やらん。一個もやらん」 「いくら何でも、お腹痛くなりますよ?」 「余計な世話だ」 「そんなにチョコレート好きなら、いつでも買ってくるのに」 「うるさい。さっさと茶でもなんでもいいから持ってこい」 早くも二つ目の箱を手に取り、飛影は乱暴にリボンを外す。 「はいはい。今用意しますよ」 ネクタイを外しながらキッチンへ向かう蔵馬の背中が見えなくなった途端、飛影は口を尖らせ、小さく呟いた。 「一個も食わせん…」 呟きながら、チョコレートを口に押し込む。フルーツや洋酒の香る、甘くほろ苦い塊。 チョコレートを咀嚼する飛影の顔は、満足気だ。 「ざまあみろ」 その言葉は、居並ぶチョコレートたちにかけられたものだ。 キッチンからは、蔵馬がお茶の支度をしている音が聞こえる。 気にせず食べてくれるのならば、去年までのチョコレートも持って帰ってくれば良かったなどと考えながら、蔵馬はのん気にカップを温めている。 リビングでは、三個目の箱を飛影が開けているところだ。 「……ざまあみろ。お前らの想いなど…蔵馬には届かん」 溶けたチョコレートの付いた指先を、飛影は舐めた。 人間たちが心を込めて贈ったものなど、蔵馬には食べさせたくない。 蔵馬の愛情を独り占めしている自分が、片付けるのだ。 飛影のその想いを、蔵馬はまだ気付いていない。 自分は賢いつもりで、相手のことをすっかり知り尽くしたような気でいて、まだまだ蔵馬はわかっていない。 また一つ、飛影はチョコレートを摘み上げ、口に放る。 ハート型のチョコレートが、小さな口の中で甘く砕けた。 ...End. |