ずるいやつ

「ずるい!」

そう長く生きてきたわけではないが、罵詈雑言の類いには慣れている。
チビだのガキだのネズミだの小生意気だの。そもそも生まれた瞬間にオレにかけられた言葉は忌み子だ。
何を言われたところで、今さらそう驚くこともない。しかし。

「ずるいだと?」
「そ。あんたはずるい」

大きな樹の上、今まさに試合中の闘技場を見下ろす形で座っていたオレにかけられた、その言葉。

聞き捨てならん。
ずるいとは、卑怯と同義語だ。

寄りかかっていた太い幹からオレは体を起こし、声をかけてきた女を見下ろし睨む。

見覚えのある顔だ。確か、孤光とかいったか。
初代のトーナメント優勝者の妻であり、いつだったかは黄泉をも破った実力者だ。今回のトーナメントでも優勝候補の一人だと聞いている。

「何を…」

女は地面をひと蹴りし、オレの座る枝に飛び乗った。

「ずるい!子供のくせに!」

子供。
まあ確かに目の前にいる女は数百年以上は生きている。
ひょっとしたら数千年かもしれない。

「何がずるい!? オレの何が」
「一人で二人とも自分のものにしてるなんて!」
「は?」

大きな歓声が沸き起こる。
慌てて闘技場に戻した視線の先で、黒から銀色に変わった髪がなびいた。

「ちょ、ちょっと待て!」

それどころじゃないと女を制し、オレは再び試合を見つめる。

名は何といったか。あいつもなかなか強い。
蔵馬の攻撃を上手く避け、息つく間もなく足技を繰り出す。武器も使わず接近戦だけで攻めるということは、それだけ体術に自信があるのだ。
多分、あの足で一撃でもくらえば、防御したところで骨が折れる。防御もできなければ体は千切れて飛ばされるだろう。

オレは無意識に拳を握り、試合の行方を見守る。
わかってる。相手は強い。だが蔵馬の敵ではない。
心配することなど何もない。

オレの思いが聞こえたかのように、金色の目が光り、優雅な動きで両手が空を切る。
瞬間、何もない空間からいきなり飛び出したかのように見える蔦が、相手をがんじがらめにし、闘技場の分厚い石に叩き付けた。

決まりだ。
ほうっと息をつき、隣にいた女のことをようやく思い出し振り返ると、じっとりとオレを睨んでいる。

「な、なんだ」
「イイ男だよね~」

もちろん、オレに向けられた言葉ではない。
眼下の闘技場では、追いつめた敵に微笑みかけ、ナンバーを尋ねる蔵馬の姿がある。

「すっっっごく綺麗で、逞しくて、品がある。んー。まあ、あたしはもっと男くさいのが好みなんだけど」
「何の話…」
「さっきのほら、半分人間の時は、あれはあれで綺麗よね。カワイイわ」
「何の話だ!!」
「あんたはずっと、蔵馬の恋人なんでしょ?」

こういう時、自分が蔵馬のようだったらいいのに、と思う。
なんのことやらと、顔色ひとつ変えずに涼しく笑っていられたら。

「あれ?真っ赤になっちゃって。元筆頭戦士サマ、意外とかわいー」
「うるさい!」

カアッと顔が熱くなり、真っ赤になったことが自分でもわかる。
蔵馬とそういう関係になって随分経つというのに、なぜこんなに慌ててしまうのか自分でもわからない。

ニヤニヤ笑う女から顔を背け、ちらりと下を見る。

ふてくされたようにそっぽを向いていた対戦相手が、蔵馬が囁いた何かに驚いたように顔を上げ、仕方がないとでも言うように苦笑いで肩をすくめた。
細められた金色の瞳に、オレは思わず身を乗り出し…

「うわっ!っ痛っ…」

腰のあたりを、女の両手がぎゅっとつかむ。
振り払おうにも、驚くほど力の強い女だ。

「貴様、おい、何を!離せ!」
「ほそーい。お尻もちっちゃーい。こんなのでさ、あっちの蔵馬はともかく、こっちの蔵馬のなんて入るの?」
「な!やめ、離せ!! バカ!!」
「裂けちゃわない?よーくモミモミしてもらうの?」
「!?!?」

なんだ!なんなんだこいつは!!

殴り飛ばそうにも、トーナメントでは闘技場以外での乱闘は禁止されている。
違反したやつはトーナメントから永久追放というルールだ。

ほっそりしているのに、おっそろしく力の強いその手は躯を思わせる。
女の腕をなんとか引きはがした拍子に、治りかけの傷がズキンと痛み、ぐらりとバランスを崩した。

「っつぅ…、わ…」
「あら」

空中でくるりと回転し、女はなんなく地上に降り立つ。
服の上から包帯の巻かれた傷口を押さえたオレは、無様に地面に…。

「飛影」

地面、ではなく、逞しい腕にひょいと受け止められた。

「ちょっとぉ!こういう時はレディーの方を受け止めるのがマナーじゃない?」
「ごもっとも。だがこれはオレの大事な恋人でね。今は怪我人でもあるしな」
「離せ!下ろせ!」

ジタバタするオレに、蔵馬は眉を上げ、怪我人は大人しくしていろ、と笑う。
ゴゴン、と鳴り響く銅鑼が、かすかに聞こえた。

「孤光、次の試合じゃないのか?始まるぞ?」
「ああっ!そうだ!あたし前回も遅刻して失格になったんだよね!」

散々人をからかっておいて、女は風のように走って行ってしまう。
気まぐれに降り立っては地上を目茶苦茶にしていく、竜巻のような女だ。

「…おい」
「ん?」
「いつまで抱いている。下ろせ」

次の試合も優勝候補たちが何人も揃っている。観客は皆そっちへ行ったのだろう。さっきまで人だかりだったこの闘技場はもう人影もまばらだが、少なきゃいいというものでもない。
幼子を抱くように片手でオレを抱いている蔵馬も、抱かれているオレも誰にも見られたくない。

「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。お前のせいで絡まれた」
「オレの?何を絡まれたんだ?」

唇の端を少し持ち上げただけの笑みで、蔵馬がオレを見下ろす。

切れ長の金色の瞳。銀色の長い髪。
ずるい、という子供じみた非難の言葉が蘇る。

この目の前の美しい生き物はオレの物、で。
もう一人の、今はこの生き物の中にいる美しい生き物も、オレの物で。

ずるい。
ずるいのか?

「どうした、飛影。まだ痛むのか?」

しゃがみこみ、目線の高さを合わせて蔵馬が心配そうに問う。
痛むのか、という質問に、ようやく自分が怪我をしていたことを思い出す。

五日ほど前に負った傷は、蔵馬の手当てでもうほとんど塞がっていた。
孤光の馬鹿力で腰をつかまれた時はさすがに痛んだが、今はなんともない。

このトーナメントも、もう八回目だ。

運も実力のうち、と言うならば、オレの実力とやらはあやしいものだ。
今回も山ほどの参加者がいるというのに、オレと躯は予選で同じブロックにあたり、当然のことながら他のやつらは棄権した。

オレと躯の一騎打ち。
オレの運の悪さに大笑いしていた躯は、本気を出している様子もなかったというのに。
決勝戦並みの観客に囲まれた闘技場で、オレは場外に見事に吹っ飛ばされ、気がついた時にはナンバーは外されていた。

「痛くない。子供扱いするな」
「子供扱い?ああ」

笑って、蔵馬は立ち上がる。
しゃがんで目線を合わされるのも腹が立つが、立ち上がって見下ろされるのも腹が立つ。
自分の身長が妖狐の姿の蔵馬の半分ほどしかないことにも、今日はむしゃくしゃする。

「何を怒っている?孤光に何を言われた?」
「お前に関係ない!」

先に立って歩き出したが、そもそも帰る宿が蔵馬と同じ部屋なのだからあまり意味はない。
今回の会場であるこの四十五層にはどちらの隠れ家もなく、蔵馬が手配した宿にオレたちは泊まっていた。
***
「まあまあ、年寄りの冗談みたいなもんだよ」

孤光が聞いたら憤死しそうなことをさらりと言い、人間の姿に戻った蔵馬が皿に料理を取り分ける。
人間界の物とは色も大きさも全く違うが、野菜らしき物がこんがり焼かれ塩を振られた料理に空腹を思い出し、オレは手を伸ばした。

「ずるいも何も、オレたちは一つの生き物だから。別に同時に存在できるわけじゃなし」

人間界のじゃがいもに似た実を頬張ったまま、その言葉にオレは俯く。
妖狐と半妖の、両方のお前を手に入れているなんてずるいと孤光が言った、とオレは蔵馬に嘘をついた。

本当は、少し違う。
孤光は、あんなに綺麗な二人を両方を手に入れているなんてずるい、と言ったのだ。

その少しの言葉の違いは、大違いだ。
でもそれを、蔵馬に言う気にはならなかった。

「次は二日後か」
「ああ。退屈か?」

予選敗退のオレに対する嫌味かとムッとしたが、そういう意味ではないことはわかっている。
久しぶりの出場の蔵馬は順調に勝ち進み、今日は本選の二回戦だった。

「あいつを殺さなかったんだな」
「無駄な殺しはしないと決めている。それが幽助の希望でもあるし、現大統領の方針でもあるしね」

現大統領こと、オレの運のなさを大笑いした躯の顔を思い出し、もう一度ムッとする。

「ま、準々決勝くらいまではいけるかな」
「何を情けないことを言ってやがる」
「準々決勝になれば、幽助、躯、黄泉、孤光、煙鬼あたりだろう?今回は修羅もいるかもな。上等だよ」

頭脳戦を得意とする蔵馬が久しぶりに出場したのは、オレがしつこく誘ったからだ。
たまには頭脳以外で戦うお前が見たいとせがみ、挙げ句自分は予選落ちだ。情けないのはどっちだ。

人間界の食い物に慣れたオレたちには味気ない食事を終え、狭い風呂場で交代に湯を浴びた。

包帯を外した腹部は薄紫の痣が広がっている。
蔵馬の手当ては的確で、よほど強く押さない限りはもうほとんど痛まない。

気を失うほど盛大に腹部を蹴り飛ばされたというのに、肋骨も折れず、内臓も破裂しなかった。
つまりそれは相手の怪我の程度まで考慮した上で躯は闘っていたということで、まだまだ力の差は歴然ということになる。面白くない。

「ポッドの中にいたんじゃ、オレの試合も狐の試合も観戦できないだろ?感謝しろよ」

ようやく目を覚ましたオレに、躯はにやっと笑ってそう言った。
思い出しても腹が立つが、それは負けた自分への腹立たしさだ。

「飛影」

ベッドの上で、蔵馬がオレを呼ぶ。
潜り込んだベッドの中で、頬を髪を撫でる手に、オレは目を閉じた。

唇が重ねられ、何度も角度を変える。
舌先の動きに応えて、口を開けた途端、あの声が蘇る。

ずるい。

ずるい?
お前のような下賎の者が?お前のような醜い者が?お前のような忌み子が?

雷禅は、幽助の父親だ。その雷禅の仲間だったような女だ。そんな意味で言ったわけがない。蔵馬の言う通り、ただの冗談だ。

でも。

オレは蔵馬を押しのけ、蔵馬に背を向ける形で横になった。
三つの月が昇る魔界の空。窓の外はうっすら明るい。

「飛影?」

後ろから回された腕。
首や頬を滑り、唇を掠めた指に、反射的に噛み付いた。

「あ!っつ」

まるく赤い血の滴が、寝具にぱっと飛んだ。

「気が変わった。今夜はしな…」

ふいに、背中でぶわりと膨らんだ妖気。
ハッと振り返ると、そこには金と銀の生き物が笑みを浮かべていた。

「蔵馬…」
「悪いが、今夜はお前の意志は尊重できないな」

闘いの最中は、高揚する。
おまけに自分の血も見てしまった。

「とてもじゃないが、このままでは眠れん」

しれっと言い、蔵馬はオレを乱暴に起こす。

「くら…っ!ん!」

噛み付くようなキス。
口をこじ開けられ、歯がぶつかり、舌を絡められる。

いつもの、どこか余裕を感じさせる姿ではない、オレにがっついてくる蔵馬も嫌いじゃない。
夢中になっているのはオレだけじゃないと思えて、嬉しいとさえ思う。

今夜は、なおさらだ。

ずるい。
濃い色の紅でつやつやした唇から吐き出された、あの言葉。

ついさっきしないと宣言しかけたくせに、オレはもう、感じ始めている。
長い銀の髪に指を絡め、引き寄せ、息が出来なくなるまで舌を絡めあった。

「ん……ん、ぁ、うあ…くら…ま…」

蔵馬の右手、親指と中指が、両の乳首を同時に引っかく。
片方の手だけで両方を弄られるのは、体格差を見せつけられるようで面白くはないが、その分空いた片手はオレに快感をくれる。

うながされるままに蔵馬の上に座り、足を広げた。
大きな手にすっぽり包まれ、根元から擦り上げられ、尖った爪で先端を弄られ、ぞくりと全身が震える。

「…ん、飛影」
「…っ!あ、つ…っ」

蔵馬の腕が強く巻き付いた拍子に、腹がズキっと痛んだ。

「飛影?」

あの女。
ほとんど治りかけていたのに、馬鹿力でつかみやがって!

「大丈夫か?」
「…ああ。もうどうってことはない」
「戻るから、待て」
「え?」

金色の瞳を閉じ、蔵馬は大きく息を吐く。
銀の髪がふわりと波打ち、艶のある黒髪へと色を変える。

「蔵馬」
「こっちの方が、楽だろう?」

にこっと笑う碧の目を、オレは睨んでやる。

「…しないという選択肢はないのか?」
「選択権はお前にやるよ。したくないなら寝ようか?」
「嫌なやつ…」

あちこち触られ弄られ、オレの体はすっかりその気になっている。
しない、という選択肢はない。

「…させてやるから、次も勝てよ」

仰せのままに、と微笑み、蔵馬はオレの首筋に吸い付いた。
***

「……っ、あ、うあ…っ」

いつもそうだ。

中に入ってくる最初の時は、痛い。
ひくひくしている狭いところを掻き分けて、熱くて硬いものが、入ってくる。

息を吸って、吐く。

体が開くように、できるだけ深く、できるだけゆっくり。
オレがそうできていることを確認して、閉ざされた場所を広げながら、蔵馬は奥へと進んでくる。

「…飛影」
「んん、あ!うあ!あ!あ…、くっ、あ!」

全部、入った。
オレたちの体はぴったりとくっつき、互いの汗に濡れている。

蔵馬はすぐには、動き出さない。
オレが整うまで、待っている。

シーツから両手を離し、蔵馬の首へと回す。
髪に指をからめて引き寄せ、整ったしるしに、唇を重ねた。

「くら……うあ…あっ…あ、あ、あ」
「…ひ、えい…飛影…」

蔵馬が腰を振るのに合わせ、オレもまた体を揺らす。
小刻みに浅く、時折ゆっくりと奥を突く動きに、オレは大きく息を吐く。

…気持ちいい。
蔵馬と繋がっている場所が、痛くて熱くて苦しくて、気持ちいい。

大抵、こういうことをしている時は誰だって、馬鹿面をしているものだろう。
オレが蔵馬の目にどんな風に見えているのかなど、考えたくもない。

なのにこんな時でさえ、蔵馬は。綺麗で。
本当に、綺麗で。
こんな男と、痛くて熱くて苦しくて気持ちいいことをしている、自分が。

「あ、ふ、ああ…」

早くなる動きに合わせて、オレは尻を揺らす。
熱い、痛い、気持ちいい、気持ちいい。

「飛影…っ」
「っああ!ひあ……っ」

中に注ぎ込まれたものが、とろっと熱い。
びくびくと全身を痙攣させ、オレは大きく喘いだ。

「飛影…あ、もっと…ひ、え」
「…くらま……っあ」

体の中で、また蔵馬が硬くなる。
いつになく甘ったるい気持ちで、さらに足を広げたオレの耳に。

ずるい。

耳元で言われたかのように鮮明に、声が蘇る。
冷たい水でもかけられた気分で、オレは目を見開く。

ずるい。
お前のような下賎の者が。お前のような醜い者が。お前のような忌み子が。

「く…ら、ま…うあ!あ!っあ!…やめ」
「やめる…?何言っ」

汗を浮かべても、綺麗な顔。
服を脱いだ体は逞しく、均整がとれている。

「も、う、しな…しない!今日はもうしない!抜…」

抜け、と言いかけた瞬間、尻の穴から脳天まで、衝撃が突き抜けた。

風もない部屋で、広がる黒髪が一瞬にして銀色に輝く。
大げさではなく、オレを抱く両腕は二倍の太さになり、オレの足を広げる足は、分厚い筋肉に覆われた魔物の足になり。

何より、も。

「………ひっ…」

体の中のものが、ぐわっと。
おおきく、なっ…。

「うああぁああ!ああ!ああああ!」

宿の天井が震えるような、大声。
自分がこんな大声を出せるとは、思ってもみなかった。

「飛影!」
「ああ!うあ?あ?っあう!!」

こんなこと。
こんなこと、あり得るか?
何百年何千年生きたやつらだって、きっとこんな経験はない。

自分の体内にあったものが、いきなり倍の大きさにふくらむなんて。

「うあ、ぐ、あ、ああ、くあ…うっぐ!」

息、息が、できない。
打ち上げられた魚のようにオレは口をぱくぱくさせ、その恐ろしいほどの質量に悶絶する。

妖狐としたことだってもちろんある。だが、それは散々慣らして揉んで広げてからだ。
中でいきなり大きくなるなんて、そんな。

「飛影、おい、飛影!」
「あ…ああ、ああぁあ!」
「待て、今、抜くか…」
「ああ!やめ!馬鹿、動か、す…な!!」

抜こうとした蔵馬の動きが、中を擦る。
肉が捩れ、無理やり広げられる。

「うあ!!」

自分の血の匂いが、部屋に漂う。
気絶しそうになったのをなんとか堪え、蔵馬の背に爪を立てた。

「ば…か、や……中…うあ!あ、苦し…っひ」
「悪かった、待て、戻るから…」

息もできずにもがくオレに、蔵馬もまた、焦っている。
締め付ければ締め付けるほど、蔵馬に刺激を与え、戻れなくなる。
わかっていても、どうにもできない。

「飛影、おい」

困ったような、情けない声で蔵馬がオレを呼ぶ。
ひゅうひゅうと擦れる呼吸を繰り返し、オレはなんとか顔を上げ…。

「…くら、ま」

金色の瞳。銀色の髪。
戻ろうとしているのか、瞳は時折、深い森のような碧に変わる。

なんて…なんて綺麗な生き物なんだろう、こいつは。
金色で、銀色で、碧色で、白くて、強くて、残忍で、優しくて。

「…あ、う、くら…蔵馬…抜、くな…」
「何を、言っ」

まったく、尻がばらばらになりそうだ。
きっと明日は起き上がることもできないだろう。

でも。

「…っ、抜くな…動け…」
「飛影?おい」
「お前は…オレのものだ…」

どっちも、オレのものだ。
蔵馬も、蔵馬も。

だからオレは、両方と交わる。
できないことなど、ない。

「…動け!」
「まったく…お前は」

ずる、と腹の中の肉塊が動き、オレはまた大声を上げる。
引っぱられた内臓が一緒に出てしまいそうな感覚に、体をのけ反らせ、遠慮なく声を上げる。

「うあ!あ!あ!あ!ああああ!くら!…蔵馬!!」
「そう…いう……意地っ張りなところ……も、好きだがな…っう」

ぐじゅ、ぬちっ、と音がする。
オレと蔵馬が、繋がっている音だ。

銀色の髪を握り締め、痙攣が納まらない下肢を揺らし、オレは蔵馬を貪る。
金色の瞳に見惚れ、時折覗く碧色に酔いしれ、体中で蔵馬を貪る。

ずるい、か。

確かに、オレはずるい。
こんな生き物を両方手に入れるなんて、地獄行きだ。

ずるい?

なんとでも言え。
ずるくて、結構だ。

誰がなんと言おうと、渡さない。
これは、オレのものだ。

「…オレだけ、の」

明日のことも先のことも、今は考えない。
オレはより深く、深くふかく、蔵馬を飲み込んだ。


...End.


2019年9月1日
901(くらひ)の日に捧げて。
実和子