愛の雨

本降りになってきた雨が、リズミカルに傘を叩く。
オレの右側を歩く彼が濡れないように傾けた傘に、オレの左肩は冷たく重く湿っていく。

もう少し側にくっついてくれたらいいのに。

ほんの少しそんなことを考えてみるが、すぐにその考えを打ち消す。
一緒の傘に入れるほど近くに彼がいることに、感謝をしなければ、と。

そんなものオレはいらん。
お前が一人でさしたらいい。

彼は不思議そうに、そう言った。

人間界の物ほど機能的ではないとは言え、もちろん魔界にだって傘はある。
もっとも、彼が今まで傘をさしたことがあるとは思えなかったし、問うた返事は、ない、というあっさりとしたものだった。

「雨が降るなら、濡れればいい」

オレよりも小さな歩幅で隣を歩く彼は言う。

「でも、濡れると体温下がりますし。それに、濡れた服って戦闘には不向きじゃないですか?動きにくいし」

いかにもオレが言いそうなことをオレは言い、彼に笑いかける。
確かに濡れた服は動きにくい、なるほどな。と傘を見上げる彼は、オレの左肩がずぶ濡れなことには気付く様子もない。

きりがない雨音が、ゆったり心に沁みていく。
強い強い魔物だったあの頃は、雨音が時にやわらかく響くことさえ知らなかった。

君を、濡らしたくないんだ。

自分が濡れるとしても、君は濡れてほしくない。
君は乾いた服を着て、居心地のいい場所で、あたたかくしていてほしい。

きっと今の彼にはまだ、理解できないだろう。
告げたところで、大きな目をぱちくりさせて、首を傾げるだけだ。

君を、濡らしたくないんだ。

今はまだわかってもらえなくていい。
自分に傘を差し出してくれる者が側にいることに彼が気付いたら、オレは笑ってこう言おう。

「君を、濡らしたくないんだよ」


...End