合縁奇縁の獣たち...7

「…奴隷を持つなんて、どうしたんですの?」

飛影を別の部屋に案内して戻ってきた白月が首を傾げてオレを見る。
契約の印である痣は見えなかったはずなのに、相変わらず鋭い。

「よくわかったな」
「もちろん。あの子はあなたの血の匂いがしたわ…他の匂いもしたけど」

酒を満たした杯を差し出し、白月は笑う。

「それに…あの子は好んで誰かの下で働くようには見えない」
「だな。なかなか腕は立つんだが」
「閨でも?」

形のいい薄紫の眉が面白そうに持ち上がる。

「意外だろうが、閨でも、な」

オレも笑って答える。

「そんな風には見えないのに」

確かに。
オレも最初はそんな用途に使うつもりはなかった。

だが…

「このオレが今のところ手放す気はないんだから、なかなかだろう?」
「本当に。…見てみたいわ」
「あいつがいいって言うなら見せてやるが」

まったくあなたって、と白月は首を振って顔をしかめた。
その色っぽいふくれっ面に、オレは笑って口付けた。
***
居心地のいい部屋だった。

白月がオレに用意してくれた部屋は暖炉に薪がたっぷりとくべられ、大きなベッドにはやわらかな寝具が用意されていた。
小さなソファの前のテーブルには食事も用意されている。見た事のない果物を一つ取り、ベッドに寝ころぶ。

くそったれ。

女がいれば女を抱くってわけか。
シャリ、という音を立てて果物を噛む。

まあ、いい。勝手にしたらいい。
一晩ゆっくり眠れるだけでもこっちはありがたい。
あいつが女とお楽しみなら願ったりかなったり、だ。

白月の髪や目や唇や背の高さを思い出す。
銀色の髪と紫の髪が、からみ合う様が目に浮かぶ。

口の中の甘い果実が、急に味気なく感じられる。
あの女が用意したのかと思うと、いまいましい。

オレは食べかけの果物を皿に戻し、ベッドにもぐりこんだ。

…別に、寝るって言ったからって…
やる、ってわけじゃないかもしれないし…

寝返りを打って、そんなことを考える。

…あの狐がそれ以外の目的で寝る、って言うか?言うわけがない。
普段は、女連れってわけにいかないからオレを抱いているだけだ。
女がいるならオレを抱くわけがない…

何、考えているんだオレは。
毎晩痛い思いをさせられてるってのに、せっかく一人で眠れるのに何を馬鹿な事を考えてる?

あいつがお楽しみだからってオレがイライラする必要なんかない。

そう思いながらも、やわらかなベッドからすべりおりる。
まだ、眠くない。眠れそうにない。

…ちょっと、町でも眺めてこよう。
***
白月の紫の髪をかき上げ、首筋に口づけた。
久しぶりに味わう女はやわらかく甘い香りがした。

ここのところ飛影ばかりを抱いていた。
飽きっぽいオレにはめずらしいことだ。

「…あの子は放っておいていいんですの?」
「ああ。あいつもたまにはゆっくり寝たいだろう」

毎夜毎夜オレに抱かれるせいで、飛影は日中でもぐったりと疲れた顔をして、時々腰や下腹を押さえて苦しそうにしていることにオレは気付いていた。今日はぐっすり眠らせてやろうと思ったのだ。

「それで、私と?失礼しちゃう」

白月がくすくす笑いながらオレの髪を長い指で梳く。

飛びきりのいい女だ。白月は。
だが、今は…

「悪いな。今はあれに夢中でね」
「ま、私は代理でもなんでも構いませんけど。でも」

そう言いながら、白月は服を脱ぐ。
白く、大きな胸の下にはくびれた腹部。完璧な裸体。

「でも、あの子は怒ってるわ」
「飛影が?」

怒る?なぜ?
今日一晩ゆっくり眠れるだけでもあいつは喜ぶだろう。

「…わかってないのね」

白月は溜め息をつくと、ランプを消そうと手をのばす。
その手がふいに止まると同時に、オレも気がついた。

「あの子が外に出たわ」

玄関の扉が開く音はほんの微かな音だったが、それを聞き逃すような白月でも、オレでもない。
白月は溜め息をつくと、オレに服を投げて寄越す。

「どうした?」
「迎えに行った方がいいわ」
「町を散歩でもしてるんだろう。だいたいあいつはそんなにやわじゃないぞ」
「大仕事の前に揉め事はどうかしら?」
「揉め事?なにを…」
「いいから迎えに行ってあげて」

白月は自分だけさっさと服を着込むと、部屋を出て行った。
***
目深にかぶったフードの下から、街を眺めながら歩く。

表の街とは比べ物にならないほど数の少ない店には、見た事もない薬や武器が売られている。オレと同じように目深にフードをかぶった者が時折何か交渉している。

金は持っているが、別に欲しい物もない。
用途も何もわからない武具や妖術の用具など見てもつまらない。
…蔵馬がいればきっと教えてくれるのだろうが。

飛び出してきた割にはすることもなくて、たちまち手持ちぶさたになってしまう。溜め息をついて立ち止まった場所は小さな酒場の前だった。

吸い込まれるように中に入り、注文を聞きに来た女になんでもいい、とつぶやく。

店の中は暗く、テーブルに置かれた緑の炎のランプだけが辺りにぼんやりとした明かりを投げかけている。運ばれてきた酒は火のような味がしてひと口なめただけでめまいがした。

重たいグラスをテーブルの隅に押しやって、また溜め息をつく。

きれいな女だった。
背が高く、均整の取れた体やなめらかな艶を放つ紫の髪。

気がつくとまたあの女と蔵馬がからみ合う様が目に浮かぶ。
自分が毎晩されていることを、蔵馬は今あの女にしている。

馬鹿馬鹿しい。
どうだっていいことだろう。

訳の分からない苛立ちを振り払いたくて頭を振る。
飲めもしない酒をもう一口なめる。ひどい味だ。
溜め息をついてグラスを置いた途端、隣のテーブルで大きな音がし、飛んできたグラスが足下で砕けた。

「ふざけんな!最初の話と違うだろ!」
「こっちの台詞だ!あの程度の働きじゃあそんな分け前をやれるわけがねえ!」

二人の男がグラスを蹴散らし、派手な喧嘩をはじめた。どうやら盗賊稼業の分け前で馬鹿げた揉め事らしい。

考えるより先に手が動き、オレの持っていたグラスはその馬鹿のうちの一人の顔に命中した。

「ってえ!何すんだこのガキ!」

何の種族だかもわからない手が4本ある男がわめく。

「…目障りだ。外でやれ」
「なんだとこのチビ!」

男達は二人とも剣を抜き、店の客たちは我先に逃げ出した。

面白い。
ちょうどいい憂さ晴らしだ。

この馬鹿どもを片付けたら少しはすっきりするだろう。
そう思って剣に手をかけた瞬間、肩に手が置かれた。

「弟が、何か失礼を?」

驚いて振り向くと、女が立っていた。

深い水の底を見るような碧の瞳。
艶のある黒髪に縁取られた端正な顔。驚くほど綺麗な女。
誰もが着ている砂色のガウンが、人とはまるで違う服に見えるほどだ。

どうやらそう思ったのはオレだけではないらしく、二人の男もポカンとしている。
そこでオレはハッと我に返った。

「だれが弟だ。人違いだ…ケガしたくなきゃどいてろ」

小さく女に警告したが、女もオレ以外に聞こえない小さな声で意外な返答をした。

「命令だ。黙れ。大人しくしてろ」

え…?

途端に。
声が出せない。力の抜けた手から剣が滑り落ちた。

「おいおいねえさん。弟の躾がなってないな」
「あ、ああ。まったくだ」

男二人はそそくさと剣をしまい、あまりに綺麗な女に釘付けになっている。

「ごめんなさいね。ちょっと目を放したらはぐれちゃって」

低いが甘い声でそう言いながらオレの肩を引き寄せる。
女の方がオレより遥かに背が高く、胸元に抱き込まれるような形になる。

「この子の事は許して。お詫びに私と別の店に飲みに行きましょうよ」

にっこり笑った女を見る馬鹿どもの顔を見れば、返事は聞かずともわかった。

「お前は戻りなさい。お家でいい子にしてるのよ」

剣を拾い、オレのガウンを直すという世話を焼きながら女は笑っているが、目は冷たく光っていた。

「…く、…」

蔵馬の使いなのか?と聞きたいが声が出せない。
それどころかオレは意思に反してこっくり頷き、酒場を出た。

血の契約は本人でなければ使えないと聞いていた。
一体どうなっているんだ?
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