I get it

彼を助けたことに何の下心もなかったといえば嘘になる。

見た目はどう見ても色気もない子供だったし、おまけに雄だった。
それでもオレは、嬉しかった。期待していたのだ。
だからこそ大怪我をしたまま敵に襲いかかった揚げ句、痛みに気絶するような、どうしようもない敵を助けたのだ。

やっとセックスできる、と考えて。
***
好意を寄せてくる人間はたくさんいた。女はもちろん、男も。
それはまあ、ありがたいといえばありがたいことなのだろうけど、オレの欲求解消には無論何の役にも立たなかった。

なぜって、人間と交わるわけにはいかない。

いくら半妖とはいえ、それは無理な話だった。体の中に妖気が入っては人間はひとたまりもない。セックスした相手が次々不審死したりすれば、霊界に見つかるのは免れない。

妖狐だった頃、セックスは食事のような日常だった。人間に憑依して以来、十数年も清く正しく生きてきたのだが、そろそろきついものがある。
そんなところに降ってわいたかのように小さな妖怪が現れたのだから、オレがセックスへの期待から相手を助けたとしても責められるいわれはない。と思う。

服を脱がせ、傷を手当てした。

よくまあこんな傷で戦闘を挑んだものだと呆れるような傷だった。
ざっくり裂けた腹を縫い合わせ、手製の軟膏をたっぷり塗り込んだ。失血を補う水薬を口に流し込み、ベッドに寝かせてやる。

下は脱がせる必要はなかったが、ベルトを外し、ズボンを膝まで下ろす。子供っぽい見た目だが、どうやら本当に子供らしくそこは無毛だった。
肝心のものは大きいとは到底いえないが、体の大きさから考えたらこんなものだろう。
今度は膝を大きく曲げさせ、一応尻も開いてチェックする。これまたちっちゃな穴は綺麗な皺が寄ったピンク色だ。入れる方に使っている様子もない。

オレはひとり頷き、ズボンを元通りに戻した。
***
「セックスしませんか?」

デートに誘って映画でも見てお茶でも飲んで、それを何度も重ねて、なんて手順を踏む必要は妖怪同士ではない。
嫌だったら断ればいいし、断ったところで力の差が大きければ無理やりことに及ぶというだけだ。

クラスメイトの記憶を消し、家に送り届けてきたところで早速誘ってみた。よく効く傷薬をわけてあげる、と餌で釣って家に連れ帰ってきたのだ。
この時のオレと飛影の力の差というものはほとんどなかった。断られたら一服盛ろうかな、ぐらいの気でいたオレに、飛影はきょとんと目を丸くした。

「オレが?お前と?」
「ええ。嫌ですか?」

見た目には今も自信があった。
すれ違う人間たちに振り向かれるのも、愛情を告白されることも日常茶飯事だ。

ちなみに人間の両親にはオレはまったく似ていない。
誰に似たのかしら、と母親は時折不思議そうに言ったが、単に妖狐の面影が人間のこの体にも影響し、美しい見た目に仕上がっただけのことだろう。
申し訳ないが、この顔は本来の南野秀一には似ても似つかないに違いない。

意外にも、飛影は頬をほんのり赤くした。
そんなウブなタイプには見えないのに。

「……別に、構わん」

よし。
口の中で呟くような言葉に、オレは大きく笑みを返す。
昔のようにしっぽがあったらきっと振ってたと思う。

部屋の四隅に小さな種を蒔き、結界を作る。
これで階下の母親は上に部屋があるどころか、自分に息子がいることさえ当分忘れていてくれる。

昨夜飛影を寝かせたベッドに二人で座る。
もちろんシーツは替えてある。ピンとした白いシーツの上に黒い衣服の飛影。
邪眼師になる前は何の種族だったのかよくわからない白い肌を見つめ、唇を重ねた。

で、待った。

子供の頃から部屋にある時計は、やたらに秒針の音が大きい。
唇を離し、たっぷり一分近くもオレと飛影は見つめ合っていた。

あれ?
あれれれ?

飛影は頬を薄く染めたまま、オレを見ている。
あれ?これはもしかして?
もしやそういうこと?

ポーカーフェイスにも自信がある。
驚きを顔に出したりはしなかったはずだ。

雌なのか?
小柄だとはいえ、この生意気で気の強い妖怪は、セックスに関しては雌側だと?

「ごめん」

咄嗟にそう言うと、飛影は瞬いた。

「こんな出会ったばっかりでそういうの、よくないよね」

血を見たらなんだか滾っちゃってさ。
でもそんなセックスってよくないよね。お互いを知って、それから体を交わす方が…。

「なんだか、お前とは長い付き合いになる気がするんだ。だからこそこんな風に始めるのはよくないよね。オレが悪かったよ」

心の中はでは冷や汗かきかき、でも口は淀みなく言い訳を並べる。
わかっているのかいないのか、そうか、と飛影は頷き、唇を拭うと立ち上がった。

脱ぎ捨ててあった靴を履き、来た時と同じように飛影は窓枠に足をかける。

「……オレも、お前とはまた会う気がする」

小柄な影が、窓枠を蹴った。

女なら抱きたいし、男なら抱かれる方がいい。
男を抱くのは準備も面倒、体も硬い。だいたいあんな汚い穴に突っ込む気もしない。

妖狐ならしゃあしゃあと言ったであろう言葉を、さすがにオレは言えなかった。
そこまで人でなしにはなれない。

生意気で、気が強い。
てっきり雄になりたがると思ったのに、とんだ誤算だ。
***
武術会への招待という名の強制召喚を受けて、オレは旅支度をしていた。
着替えの服だの薬だの要るものは山ほどある上に、およそ着替えなどには気の回らない飛影のために、二人分必要だった。

あれからずっと、また会うどころではなくオレたちは行動を共にしていた。
もちろん、セックスは抜きだ。相変わらず男を抱く気にはなれなかったし、そもそも飛影もそんなことがあったことさえ忘れているのだろう、おくびにも出さない。

いい友人、と言ったら飛影は全力で否定する。貴様となんか友人じゃないと。
けれど多分、オレに助けが必要な時にはきっと彼はオレの元へ駆けつけるだろうし、オレもまたそうだ。例え自分の命が危険にさらされるとしても。

そのくらい長くは、彼と一緒にいたし、彼を知ってもいた。

壁に寄りかかり、足を投げ出すように座る飛影。
出発を明日に、彼はここにいた。出会ったのと同じこの部屋に。

さして広くはない一軒家は今日はオレと彼の二人だけだ。
母親は学生時代の友人と旅行に行っている。行くようにオレが仕向けたからだ。

最後に飛影の分の替えの靴を入れ、支度は出来た。

「さてと、これでよし」

母親には、術をかけておいた。
旅行からこの家に帰ってきた時点で、彼女はオレのことをきれいに忘れてしまう。
生きて帰ってこれたら、その術は解けばいい。

帰ってこれなかった時は、つまりそういうことだ。
もう二度と彼女がオレを思い出すことはない。

そう思うと、らしくもなく少し感傷的な気分になった。

「飛影」
「なんだ」
「生きて帰れるかな?」
「さあな…」

腑抜けた半妖のお前はどうか知らんが、オレは生きて帰るぜ。そんな返事を予想していたオレの耳に、飛影の短い言葉はやわらかく乾いていた。

「…生きて帰ることに、意味があるのかもわからん」

人間の基準でいえば小学生、せいぜいが中学に入ったばかりという年ごろにしか見えない飛影が、妙に達観したかのように続けた。

「負けるのは嫌いだ。勝ってみせる。だが死んだところで、どうということもないな」
「飛影…」
「どうした?怖じ気づいたのか?」

皮肉っぽく薄く笑って、オレを見る。
それは大人ぶっている子供のようで妙に頼りなく、それでいて。

手を伸ばし、白い頬に触れた。

「なんだ?」

かわいらしいというわけじゃない。
色っぽいというわけでもない。

下腹から足の間に、久しぶりのくすぐったいような感覚があった。
胸が締め付けられるように、熱い。

「蔵馬…?」

短い髪をかき上げ、布越しの邪眼に、驚きに閉じられた大きな瞳を覆う瞼に、唇を這わせた。

「くら…何をっ」
「抱いてもいい?」

愛しい。
長く生きた妖狐の頃にすら知らなかった感情は、それだった。

愛しいから、抱きたい。
それだけの単純なことだった。

「なんで…今…」
「今、あなたのこと愛しいって思ったから」

皮肉な笑みは跡形もなく消え、頬がぱあっと染まる。

「一緒に行こう。そして一緒に帰ってこようよ」

好きだよ、飛影。

立ち上がり、飛影を抱き上げる。
どこにあれほどの力を持っているのかと思うほど、彼の体は小さい。

「蔵馬…」

赤い瞳。
不安と、焦りと、期待に光る大きな瞳。

洗濯したばかりのシーツの上に、小さな体を投げた。
***
「アッ、ア、くら…くら…まっ、んんん!」

膝が肩につくほど広げさせ、相変わらず無毛の股間でそそり立つものを舐めてやる。
全部を口に含み、ぐちゅぐちゅと愛撫し、時折勢いよく抜いて先端を刺激し、軽く歯を立てる。

「んあ!や、うあ、ああっ……」

臭みの少ない液を、オレは絞るように飲み干してやる。
初めて見る彼の表情に、声に、オレは夢中だった。

「っ蔵馬……くら、くらまっ…も、っああ!」
「飛影…飛影…いいよ。もっと声聞かせて…」

穴を慣らしてやろうと、体を返そうとすると、そこで初めて飛影が抵抗した。

「嫌……だ…後ろっ…から…は」
「…そう?」

雄と雌とは穴の位置が違う。
雄ならば四つん這いになり後ろから入れられる方が、痛みが少なく楽なはずなのだが。

「……顔…」
「え…?」

上気した顔で、飛影は消え入りそうな声で言う。

「お前…の…顔……見なが…ら、したい…」

自分の雄が、力強く上を向いたのが見ずともわかった。
今すぐ突っ込みたいと猛るそこをなんとか押しとどめ、飛影の両足を持ち上げ、さらに大きく広げる。

ひくひく動く、小さな穴。
前から垂れた液体が、皺のひとつひとつを卑猥に濡らしている。

「そのま…ま、入れ…ああぁぁぁああ!!!」

そのまま入れる?
こんなかわいい穴に?これほど愛しい者に?

男を抱くのは準備も面倒、体も硬い。だいたいあんな汚い穴に突っ込む気もしない。
銀色の髪を気怠げに揺らし、妖狐はそう言った。

気の毒に。
今ならあの頃の自分を気の毒としか思えない。

痛い思いをさせたくない、気持ちよくさせてやりたい。
自分が面倒な思いをすることなんか、愛しい者のためなら苦でもなんでもない。

そういう相手に出会えなかった、あの頃の自分。哀れな自分。

油分を含む実を噛み砕き、小さな穴に口付けた。
皺の数を数えるように舌先でなぞり、穴をつつく。

「や!バカや…ろ……何して…!汚…いっ」
「あなたの体に、汚い場所なんてないよ」
「うあ!や、あ、ああ、あ、あああーーーっ!!」

一センチほど開いた穴に、舌をねじ込み、せわしなく収縮する中を舐め回す。
奥へ進み、穴を広げる度に甲高い声が頭上で聞こえる。

また起き上がりかけている飛影のものを左手でしごいてやり、舌と右手とで穴を慣らす。硬かった肉の輪はだんだんと弛み、赤い粘膜が見え隠れし始めた。

「もう!ああ!あああああ!!! くら、も、無理…っ」

人さし指と中指とで大きく広げた穴にフッと息を吹きかけると、飛影はまた吐精した。

ビクビク痙攣する両足を肩にのせ、待ちくたびれて破裂しそうになっているものを穴にあてがう。
期待に広がった穴に、クッと先端を入れた。

「あ!あ!あああぁぁ……くら…」

やわからかく弾力のある筒に先端を包まれ、あやうく一突きもしないうちにイクところだった。
まったく妖狐蔵馬が知ったら激怒するような失態だ。

「蔵馬……くら…ま…あ」

ずぶずぶと身を沈めると、飛影の尻とオレの股間が密着する。
この小さな尻の中にオレのものがぎっしり詰まっているのかと思うと、体中の血管が沸騰するような気がした。

「飛影…ひえ、い…」
「くら……あっ!あっ!あっ!ううっ!」

きつい穴を何度も何度も行き来する。
その度に飛影は声を上げ、快感に耐えられないのか、身をよじる。
いつの間にかシーツをつかんでいた手は外され、オレの首に力いっぱい巻き付いている。

奥に侵入されると苦しいのか、一瞬顔が歪む。
それも次の瞬間には、妖怪らしい貪欲さで快感に変え、飛影はオレに合わせて腰を振る。ぬちゅぬちゅと、淫らな音を響かせて。

汗びっしょりの飛影。
痛みに顔を歪ませる飛影。
快感に目をうるませる飛影。
オレの名を呼ぶ、飛影。

胸に刻みつけるように、食い入るように飛影を見つめ、オレは腰を振る。
久しぶりのセックスがこんなものになるとは、想像もしていなかった。

一際大きな声が、窓ガラスを震わせた。
***
「今日はまあ、移動だけですし。試合はないからいいじゃないですか」

腰やケツがずきずきする、と口を尖らせた飛影に、オレは笑う。
尖らせた唇に、キスを落としながら。

荷物を背負い、妖怪らしく窓から出ることにした。
先に窓辺にいた飛影の手をつかみ、オレの顔の高さまで持ち上げ、指先に口付けた。

「蔵馬?」
「生きて、帰ってきましょう」
「急になんだ」
「あなたとまたセックスしたいですからね」
「負けて死ぬとしたら、お前だけだろ。お前が負けたら他のやつとするからな」

毒づいた飛影だったが、その目は笑っていた。

勝ち進むこと、生きて帰ってくること。
この先も、互いを愛しく思うこと。

どちらからともなく顔を近づけ、オレたちは願いを込めてキスをした。


...End.