三月三日

「自分の生まれた日を自分で祝うほど、貴様はめでたいのか?」

小馬鹿にした笑みを浮かべる飛影に、蔵馬は小さく笑みを返した。

魔界の暗い空の下、蔵馬が蒔いた種はみるみる芽吹き、大輪の花を咲かせる。
辺りを埋め尽くすような、たくさんの花。
花はどれも真白く、黒い大地に神々しく輝いていた。

「これは、祝いの花じゃない」

あっという間に緑に覆われた地面に屈みこみ、花を一本、そっと手折った蔵馬は、呟くように続けた。

「これはね、弔いの花なんだ」
「弔い?」

指先でくるりと回した花から、強い香りが立つ。
甘く芳しく、それでいて胸のむかつくような匂いだと、飛影は無意識に息を止め、空を見上げる。

「そう。弔い。お葬式。オレが…」

オレが殺した、南野秀一の命日なんだ。
南野秀一の世界では、白い花は弔いの花だから。

そう言うと、ゆるい風が乱した長い髪をかき上げ、蔵馬はまた微笑む。

「…くだらん。罪滅ぼしのつもりか」
「どうだろう…自分でもよくわからないな」

苦笑しながら、蔵馬は手折った花を大地へ戻す。
一度地から離された花は、大地に根を下ろし生き生きと咲き誇る花たちの中で、ただひとりだけ、死骸のように見えた。

包帯の巻かれた手が、死んでしまった花を拾う。

「飛影?」

小さな口を開け、小さく尖った歯で、飛影は自分の左手、親指をカリッと噛んだ。
死んだ花に、生命の赤が降り注ぎ、花びらを真っ赤に染める。

ぬらぬらと輝く、赤い花。

「オレは……祝ってやる」

ニヤリと笑い、血で染めた赤い花を飛影は差し出した。

「南野秀一の世界では、赤は祝いの色だろう?」
「…飛影」
「南野秀一の死を、お前の罪を、祝ってやる」

花を押し付け、飛影は思い切り背伸びをし、蔵馬の首に両腕をまわす。
思わず屈みこんだ蔵馬の頬を、血のしずくが付いたままの唇がかすめ、耳元に囁く。

「お前の罪を…世界中が非難しても…」

耳元をくすぐっていた吐息が、今度は唇に触れる。
血よりも赤い瞳が、蔵馬を見つめる。

その射抜くような眼差し。

「…オレが祝ってやる。オレが許してやる。蔵馬」

強く重ねられたあたたかい唇は、やさしく赤い味がした。


...End.