三百年後のミントティー

「だいたいお前は、いつもいつもいつも…」

その言葉は、小さな姿に似合わぬ苦々しい響きを持っている。

みずみずしい緑の木々が包み込むような小さな館は、蔵馬の隠れ屋の一つだ。

随分昔に人間界で手に入れたガラスのポット。熱い湯にゆらめく、濃さの違うたくさんの緑の葉。
蜜をたらしたガラスの椀に、ほとほとと注がれる薄緑の液体。
苦味のない、摘みたての薬草をたっぷりと使った甘くさわやかな茶を前にして、急降下し始めている飛影の機嫌に、蔵馬は面食らう。

「え、飛影?どうし…」
「…狐の物の怪は嘘つきで我儘でずる賢い…お前そのものじゃないか」

飴色のテーブルの上、二人の間には何冊かの大きな古い本がある。百足の蔵書であるそれは、蔵馬に頼まれ飛影が持ち出してきた物だ。

獣の妖怪について書かれたその数冊の本は随分と古く、蔵馬が必要としていた巻とは違う一冊を暇つぶしに手にしていた飛影が指さしたページは、どうやら狐の妖怪について語っているらしい。

「まあ、一般的には騙し屋だけど、狐は」
「自分は違うとでも言いたげだな?」
「少なくともお前には誠実だろう?飛影」
「誠実だと……?」

大きな本を力強くたたんだせいで、テーブルはガタンと音を立てる。

「誠実?お前が?笑わせる。だいたいお前は最初から…」
「最初?最初って…」

ぽかんとする蔵馬に、飛影は大きな目を吊り上げる。

「あの時だ!首縊島のあの夜だ!」
***
魔界にだって、宿屋はある。

とはいえ、この場所は同じ宿屋でもずいぶんと違う。
廊下には絨毯とかいう厚い布のような物が敷かれ、何やらちゃらちゃらと飾りを施した照明が、真っ直ぐな廊下にキラキラと光を落としている。

人間界は、無駄なものが多い。

絨毯に沈む足先にそんなことを考えながら、慣れた様子で歩く蔵馬の背を飛影は追う。

ドアを飾る四桁の番号を確認し、ここだよ、と蔵馬は鍵を開ける。
シンプルな調度、二つ並ぶベッド、ひと揃いのソファとテーブル。

「いい部屋じゃないですか」
「なんだっていい。たかが寝床だ」

素っ気なく言うと、飛影は靴のままベッドに寝転ぶ。
先にシャワー使いますよ、という蔵馬の言葉に返事もせず、やわらかな寝床と遠く聞こえる水音に、飛影は目を閉じる。

「触るな」

寝巻きなのか、さっきとは違う服を着た蔵馬に肩を揺らされ、飛影はぱっと目を開ける。

「起きてたんだ。シャワーどうぞ」
「ああ」
「使い方、わかります?」
「人間じゃあるまいし。オレは水があればいい」

面倒くさそうに手を振り立ち上がった飛影を、ベッドの端に座った蔵馬は、じっと見上げている。

「なんだ?何を見ている」
「セックスしたいなーと、思いまして」
「せっくす?」
「性交。交接。交わり。交尾」

ああ、と飛影は、呆れたように薄く笑う。

「してくればいいだろう?この島に着いてからずっと、お前を抱きたそうなやつも、お前に抱かれたそうなやつも山ほどいただろうが」

飛影の言う通り、このホテルでもずっと、蔵馬を見つめるその手の視線は絶えなかった。
抜きんでて美しい者への露骨な視線は、人間も妖怪も変わらないらしい。
もっとも、妖怪の方が肉欲に正直な分、視線はどうにも粘ついていたが。

「敵の罠じゃなかったとしても、どこの馬の骨とも知れない相手というのはちょっと。軽率なのは幽助たちだけで充分だよ」
「だったら、とっとと寝ろ」

小さくあくびをし、バスルームへ向かう飛影の足は、蔵馬の言葉にぴたりと止まる。

「飛影、オレとしません?」
「は?」

面食らっている飛影に、蔵馬はたたみかける。

「この大会が終わるまでは、お互いに寝首を掻く心配もないですし。同じ部屋なら好都合でしょう?」
「好都合だと…?オレは別に」
「試合前の高ぶりの発散に、ちょうどいいじゃないですか」

あっさりと、蔵馬は言う。

そう言われては、頑なに拒否する自分の方が女々しい面倒なやつのように思えて、飛影はあいまいに頷き、バスルームへ逃げ込んだ。
***
「ちょっと待て」

どうせ脱ぐのなら着る必要もないだろうと、髪から水を滴らせ、タオル一枚でバスルームから出てきた飛影を蔵馬は笑い、ベッドに押し倒した。

「おい!待て!ちょっと待てと言っているだろうが!」
「なんです?」

はっきり宣言されたわけではない。
けれども。

「………一応確認しておくが、オレがお前を抱くんだろうな?」
「え?」

沈黙が降りた部屋の中で、バスルームのシャワーヘッドから落ちた水滴が、ポチャンと音を立てるのが聞こえた。

「ええと」
「…おい、どう考えてもお前が抱かれる側だろうが、この半妖が」

半妖の分際で妖怪の自分を抱くつもりだったのかと、飛影は憤る。

「オレ、半妖なんで」
「だから…」
「あなたのような、とても強い妖怪に抱かれるのはちょっと難しいな」

とても強いという言葉に、先ほどの憤りを半分ほど治めた飛影は、黙って続きを待つ。

「ほら、半分妖怪とはいえ、この体は人間じゃないですか?」
「だろうな」
「妖怪の中でも、あなたは特に強い。その強い妖怪の妖気を体の中に受け入れるのは、半妖のオレには難しくて」
「確かにオレは強いが、いや待て」
「でもほら、オレの妖気なんて微かなもので。どうってことないじゃないですか?あなたの中に」
「中?」
「そう、中。あなたの中に流れ込んだって、半妖の精なんて水みたいなものでしょう?」
「水?」

子供のように言葉を繰り返し、目をぱちくりさせたままの飛影の首に胸に鎖骨に、蔵馬の唇が吸い付く。

「あ、おい、くら…!」

いつの間にか、飛影の足を割るように、蔵馬が体を押しつける。
形のいい唇が飛影の上下の歯を割り、生き物のようにするりと侵入した。

「あ…んぐ、んぅ…」
「飛影…」
「ん、あ!」

ぴちゃ、と音を立て、舌を絡める。
逃げる先を見透かすような蔵馬の舌に、飛影は乱れた息を吐く。

「くら…」

長くしなやかな指が隠す布もない太ももを伝い、ひくつき始めているものをそっと掴む。

「うあ!くら、ま、そこ…」
「ここに触らないで、どうするの」

衝撃に思わず口を離した飛影に、蔵馬は笑う。

根元から先端まで巧みに追い上げるその指先に、飛影は小さく声を上げ、つま先を丸めた。

「っあ!は、おま…え…」
「気持ち良かったでしょう?」

濡れた飛影を片手で握ったまま、蔵馬は器用に服を脱ぐ。

「…くらま」

脱いだ服から勢いよく飛び出してきたものの長さと太さに、飛影は大きな目をさらに大きくする。

「…くら、ま、おい、待て。なんだそれは。待てと言っ…」
「たかが半妖のものですよ、あなたには物足りないだろうけど」
「蔵馬!」

プチンと、何かが破れる音がした。
蔵馬の指先で弾けた実は、油のようにぬるりと光っている。

「うあ…!」

肩に膝がつくほど飛影の足を広げると、動きを封じるかのように、蔵馬は覆いかぶさる。
広げられた足の奥、薄い尻の肉を割ったその小さな小さな入口に、蔵馬の指先がぬるぬるとした液体を塗り付ける。

「あ!っ、ひ、あ!何、を」
「潤滑油。これでぬるっと気持ち良く入るから」

気持ち良く?入る?何が?
中に?水?水みたいなもの?

本当にこいつは、オレを抱く気なのか?

指先は中を探るように、潤滑油を塗りこめるように、飛影の体内でねっとりと蠢く。
顔を赤くし、すっかり混乱している飛影を見下ろし、蔵馬は人間も妖怪も振り向かせてきた、その顔で笑う。

「飛影、好きだよ」
「すき…?…っうあ!ああああああ…っ!ん!」

太い先端が、狭いそこを押し広げて入ってきた。
熱くぬるつく狭い筒は、自分を広げるけしからん異物に対抗しようと、必死で窄まろうと収縮している。

「…や!あ!待っ……くら、ま!」

必死になったところで、先端が入ってしまえば後は堪えようもない。
ずるっと勢いよく入り込んできた硬いものに、飛影は声も出せずにのけ反った。

「ーーーーーーっ!…ぁ…っぅ」
「…すご…い。熱い…飛影…」

パン、と誰かが拍手をした。
そんな風に飛影が考えたのは一瞬で、すぐにその音の出所がわかる。

パン、パン、パンというふざけたその音は、紛れもなく二人分の皮膚が離れてはくっつき、差し込まれたものが抜かれてはまた差し込まれ、をしている音なのだ。

「ーーっ、ぁ、あ…っく、あぁ…っ」
「その、さ、頑張って…耐えて、漏れる声、すごく…」

さっきまで、自分は弱い半妖だとしきりにアピールしていた男は今、狂ったように尻を振っている。
熱く火照っている穴に、何度も何度も差し込んでは抜き、尻を振り続けている。

「あ…、あ…っ、あ…くら……熱い…っ溶け…」

擦り切れるほどに抜き差しされ、そこは充血した紅色を見せている。
そろそろか、と名残惜しそうに腰を引いた蔵馬が、飛影の耳に、唇を寄せる。

「…飛影、好きだよ。…初めて会った、あの日からずっと」

一際強く、抉るように押し込まれた一物から噴きだした熱い「水」に、飛影のつま先が、ピンと真っ直ぐ天井を指した。
***
「そんな昔の話を。百年?いや、二、三百前か?五百年は経ってないが」
「お前が忘れていても、こっちは憶えているからな!騙しやがって。お前は最初からオレを…」
「そりゃそうだよ。出会った日から抱きたいって思ってたんだ」

飛んできた拳を、蔵馬はひょいと避ける。
続いて繰り出された蹴りも、間一髪で、かわす。

体術ならば、昔も今も飛影に分がある。
しかしここは蔵馬の隠れ家だ。そこら中にある植物たちは、主の味方をし、飛影を苛立たせる。

「この…っ」
「いいな、たまには。戦いの高ぶりも」

太く強靭な蔓をのばした植物が、飛影の足を捕らえた。

「こいつ…っ」
「まあまあ。怒らないで飛影、家が壊れる。高ぶりを静める方法はわかっているだろう?」
「貴様…っん、む…」

両手で飛影の頬を挟み、蔵馬は唇を近づける。

唇が重なる瞬間、いつもの殺し文句を囁いて。
いつだって飛影を黙らせる、あの殺し文句を囁いて。

「飛影、初めて会ったあの日から、ずっと」

お前のことが、好きだよ。


...End.


2023年、暑すぎる夏のくらひの日に捧げて。
最近また蔵飛の人が増えて嬉しい限りです。
実和子