Sweet & Sweet社長になったから人に無茶を言えるのか、人に無茶を言うような者だから社長になれるのか。鶏が先か、卵が先か、答えの出ない話ではある。困惑し、怯え、後ずさる、という普段はすることのない三つのことをいっぺんにしている飛影を、居並ぶ面々も他人事ではないとため息交じりに見つめる。 飛影の手の中には飾り気のない薄紅色の平たい小さな箱。 中身はどうやら菓子の一種のようだ。 「というわけで」 人を呼びつけておきながら寝そべったままの、社長ならぬ女王はにっこり笑った。 傍らには、飛影に渡したものと同じ箱が七十六個積み重ねられている。 「楽しみにしてるからな」 ***
「どうにかしろ!」「…そう言われても」 読みかけの本と飲みかけのコーヒーカップをテーブルに置き、汚れたブーツで窓枠に立つ恋人に、もう百回は言っているであろう毎度おなじみの注意を蔵馬はする。 「取り合えず、靴は脱いで。寒いから窓も閉めて」 大人しく靴を脱ぎ窓を閉め、向かいに座る飛影に蔵馬はコーヒーを注いでやり、たっぷりの牛乳も入れてやる。 溶けては面倒だと廊下に置きっぱなしだったいくつかの箱を開け、チョコレートとクッキーも出してやる。バレンタインデーから三日経った今日、蔵馬の家には菓子は山ほどあった。 「へえ。ずいぶんと人間界の習慣が伝わったもんだね」 のんびり言うと、蔵馬は飛影の持ってきた小箱を開け中身をつまむ。 菓子は蜜をからめた木の実で、素朴だが美味だ。どこの誰が作ったのかは知らないが、魔界の女王様の命令で作ったのだからずいぶんと寿命を縮めたことだろう。 「お前らのせいだぞ!ろくな目にあわん」 「オレのせいでも幽助のせいでもないでしょう。結局どこの世界でもお祭り騒ぎが好きってことじゃないですか?」 触れるだけで崩れそうな、繊細でやわらかなチョコレートを蔵馬は飛影の口に押し込んでやる。自分の口にも同じチョコレートを入れ、たった今聞いた話を飲み込むように蔵馬はゆったりと溶かした。 人間界では女が男に甘い物を贈る日があると知った女王様は、七十七人の部下全員に菓子をくれたのだという。そこまではいい。別に魔界にバレンタインデーの習慣があろうがなかろうが人に物を贈るのは自由なのだから。問題は、ホワイトデーのことも女王様がご存知だった点にある。 「七十七分の一なんだから、よっぽどのことがなきゃ最下位になることはないと思うけど?」 女王様はこう言った。 一番優れたお返しをくれた者は一年間パトロールを免除し、百足の宝物庫にある物の中から好きな物をくれてやると。 「あいつのことだぞ!オレを他のやつらと同じく公平に扱うとでも思ってるのか!?」 女王様はこうも言った。 一番つまらないお返しをくれた者は一年間パトロールの休みは無しだと。 「それって、自分が特別に愛されてますアピール?」 「殺すぞ」 机にガンとカップを置く飛影に、冗談ですよと蔵馬は肩をすくめる。 自分のカップにコーヒーを注ぎ足し、さて、と首をかしげる。 「何がいいですかね?」 「それを聞くために来たんだこの役立たず!」 「一緒に暮らしてるのはそっちでしょ。オレが躯の好みなんか知るわけないよ」 「考えろ!考えるのがお前の仕事だろうが!」 あっちが女王様ならこっちは王子様か、飛影は無茶苦茶なことを言う。 「御主が一番有利ではないか」 小箱片手に途方に暮れる飛影に、同じ小箱を貰った時雨は言った。 確かに、人間界にパイプを持つ飛影は一番有利なように思える。魔界のすべてを見飽きたような女王様でも、人間界は未知そのものだ。 「お前は何を返すんだ?」 「…さて。躯様はなんでも持っていらっしゃる。何が良いものやら。花か酒でもお返ししようと思うが」 はなからパトロールの免除も休みも望んでいない時雨はのんきなものだ。もったいなくて開けられないとでもいうように、大きな手の中の小さな箱をじっと見つめていた。 ***
花、お菓子、ワイン、果物、服、靴、帽子、アクセサリー、ぬいぐるみ、宝石、本、文房具、化粧品、食事、旅行、エステ、家具…?一般的に女性に好まれるであろう物を指折り数え上げ、蔵馬はまた首をかしげる。 アクセサリーや宝石、服、それに武具なんかは魔界中から献上品がひっきりなしに届いていることだろう。 だが飛影に聞けば、それらに躯が関心を示すことはほとんどないと言う。たいてい見ることすらせず、物置きのようになっている宝物庫に部下の手でしまい込まれ日の目を見ることはないらしい。 もっとも、蔵馬が観察する限り、躯は人間界の物には興味津々だ。 美味しく見目も美しい菓子、繊細なガラス細工、レース編みのハンカチ、ポラロイドカメラや世界中の海を写した写真集、飛影を連れ出すためのご機嫌取りにと蔵馬が贈った物はどれも、少なくとも封を開けてもらい手に取ってもらうことはできたし、いくつかは気に入ってもらえた物もある。 変わり種でいえば家電なんかもプレゼントできなくはない。 百足のことを考えれば、メカニックも好きなのかもしれない。案外オープンカーやバイクなんかも似合いそうだ。とはいえ車より早く走れる者が車に乗る必要があるのか? 「まだか!」 苛立った声が上がる。 頬杖をつき考え込んでいた蔵馬は顔を上げ、髪を背に払う。 「人にものを頼むのにその態度?」 「お前がとろいからだ。さっさと考えろ」 大きな目がキッと吊り上がる。 「とろいって…だいたいですよ、バレンタインデーにあなたはオレに何もくれなかったじゃないですか」 「当たり前だ。オレは女じゃないぞ」 「……ふうん」 「文句があるのか?」 「ないです」 普通は、穴に棒を入れられる方が女役なんですけどね、だからあなたはオレにバレンタインデーの贈り物をくれるべきなんじゃないですか?などと言って飛影を激高させるようなヘマを蔵馬はもちろんしない。けれど。 「ないですけど、当然のようにオレを頼ってくるってことは、あなたはオレにとって自分が特別だと思ってるんですよね?」 「何をごちゃごちゃ面倒なことを言っ…!」 いきなりテーブルの上に身を乗り出し、黒いコートを着た肩をぐっとつかんだ蔵馬が、顔を近づける。 飛影が躊躇ったのは一瞬で、すぐに目を閉じ唇を受け止めた。 角度を変え、深さを変え、テーブルの上に身を乗り出したまま二人は重ねた唇でしばし水音を響かせる。 甘ったるいチョコレートの味の残る舌をたっぷり味わい、蔵馬はようやく唇を離した。 コーヒーのにおい、そして少しの沈黙。 今夜その沈黙を破ったのは飛影だった。 両手をのばし長い髪をひっぱり、顔を寄せ、碧の瞳を真っ直ぐ見つめる。 「…しないのか?」 小さな声で吐き出された言葉とともに、蔵馬の鼻先に甘くチョコレートが香った。 ***
競うように服を脱ぎ捨て、折り重なり倒れ込むようにベッドに入り、再び長いキスを交わす。触って欲しいのだろう。深いキスに無意識に飛影の両足がゆるく開かれる。そんなかわいい仕草に、意地悪をする気には蔵馬もなれない。ぶらさがるものを長い指で握り、強めに弄ってやる。根元から先端までリズムをつけて上下し、知り尽くしたポイントを指先で揉むと、みるみる硬くなり上を向き汁をこぼす。 すでにすっかり乱れた呼吸をしている飛影も、鍛えられてはいるが小さな手で蔵馬の足の間を探り愛撫をし始める。 いつものように自分の快感を処理するのにいっぱいいっぱいの飛影の手は震えていて、おぼつかない。不器用で幼稚な愛撫は、蔵馬にとっては快感よりもくすぐったさが際立ってしまう。 「な…に…笑って…やがる」 「気持ちいい時のあなたは、本当に不器用だなって」 みるみる真っ赤になる飛影の頬に、蔵馬は舌を這わす。 「あなたが何もしなくてもオレは勃ちますから…」 ねっとりと這う舌が胸元へ降り、上下の歯が乳首を噛み、舌先が包む。 「あっつ…!」 「…あなたはただ、楽しんで」 ***
「…あっ…あっ…あ、う…あっ」背に痛いほどきつく巻き付いた両足を感じながら、蔵馬は小さな尻を繰り返し突く。 浅く突けばとろりと目はうるみ、深くえぐるように突けば強すぎる快感と痛みに目はぎゅっと閉ざされる。 今日は顔を見ながらしたい。 命令のように告げた飛影の希望に応じて、いわゆるスタンダードな形で挿入した。 狭すぎる筋肉の輪は苦しそうに歪みながらも、蔵馬をずっぽりと飲み込み、激しく収縮を繰り返す。 「…うあっ!…あっ…あ、あっ…あっあっ、くら…ま…ぁ、っく」 「飛影……ひえ…い」 抜き差しのたびに、繋がったそこがグチグチと音を立てる。 ふたつのしなやかな腹部にはさまれ、もみくちゃにされ、おまけに穴は休むことなく抜き差しが繰り返され、飛影は何度目かの射精に背を反らす。 「ん、ふ、あ…ああああぁぁぁ……っあ!くら…!?」 同じく息を荒げたまま、蔵馬は勢いよく膝立ちになる。 当然繋がったままの飛影は腰を持ち上げられ、開いた股間を見せつけるようにさらす体勢を取らされた。 「…っひ…!ぅあ…くら…おい…っ」 入れられたまま腰を持ち上げられた飛影が抗議するように睨むが、蔵馬は汗をかいた顔にうっすらと笑みを浮かべ、もう上向いている小さな棒ごしに、飛影を見下ろす。 「……蔵馬?」 白い頬が淡く色づき、半開きになった唇もまた淡く紅色をしているというのに、潤んだ大きな赤い瞳は気の強さそのままに、挑むようにこちらを睨んでいる。 恥ずかしくなるほど大きく開かされた足の真ん中では、勃起しても小さすぎるものが呼吸に合わせてぷるぷると揺れる。 「くら……うあぁっ!!」 いきなり激しくガツンと突かれ、鋭い声が上がる。 「く、ら…あっ!…あっ!あっあっ!」 「ほら、ちゃんと腰を動かして。お尻を揺らして。もっと…もっと」 くそ、と呟くと同時に、飛影はシーツを握っていた両手を放し素早く体を起こすと、蔵馬の肩を強く突いた。 ふいの動きに蔵馬は押し倒されるままになり、繋がったままの飛影は騎乗の体勢を取る。深すぎるところに侵入された痛みに、一瞬飛影が眉をしかめたことに気付かない蔵馬ではない。 「…ぐっ…ひえ…もう…急に…。大丈夫?…痛いでしょう」 「うあっ……っあ…!…いい…気に…な……るなよ…!」 ずりゅっと熱い穴から蔵馬が抜けかける。 もう少しで抜ける、その寸前に飛影は打ち付けるように腰を落とす。 「うああ、ああ!あああ!! んん……んんんん!」 蔵馬の腹に両手をつき、飛影は激しく尻を上下させる。 短い髪から汗を飛び散らせ、声を上げ、尻の中にぎっしり満ちたものを締めつけながら。 「…ひえ…い…飛影…」 「っあ!あ!あ!ああぁ!」 赤い瞳は、泣く寸前のように水をたたえて光っている。 息を吸い込み、息を吐き、上下し、締め上げ、堪えきれずに声を漏らす。 …ああ、この顔だ。 幼い顔。幼い体。 妖怪らしい強い肉欲と、妖怪らしからぬ恥じらう精神。 このアンバランスな生き物。 強靭で、繊細で、強くて、儚い。 何度見ても見飽きないその姿に、蔵馬はほうっと小さくため息をつき、自らもまた強く腰を突き上げた。 ***
「割らないように、気をつけてくださいね?」蔵馬が渡した大きな布袋を受け取った飛影は、素っ気なく頷く。 着ていた蔵馬のパジャマを脱ぐと、さっさと身支度をし、再び夜になってしまった人間界の窓を開ける。 たっぷり眠ったせいか、飛影に疲れは見えない。 もっとも、目元に口元に髪に、快楽は跡を残すものらしい。 訪れた時よりはるかに艶を帯びた飛影に、蔵馬は内心でほくそ笑む。 「喜んでもらえるといいですね?」 「ああ」 窓枠に足をかけた飛影のマントを蔵馬はひょいとつかむ。 「なんだ?」 「いいセックスでしたよね?気持ち良かった?オレはすごく良かったですけど」 ブーツの蹴りをかわし、蔵馬はころころ笑う。 「躯によろしく。もし最下位になっちゃったらオレが百足に通うから心配しないで」 あっという間に消えた背中に、その言葉は届いたのかどうか。 ***
「あいつのことだぞ!オレを他のやつらと同じく公平に扱うとでも思ってるのか!?」ほう、と女王様は眉を上げる。 あいつ、オレのことをそんな目で見ていたのか。 「ないですけど、当然のようにオレを頼ってくるってことは、あなたはオレにとって自分が特別だと思ってるんですよね?」 「何をごちゃごちゃ面倒なことを言っ…!」 白い壁をスクリーン替わりに、映像は映し出されている。 「まあ、面白いって意味では面白いけどな」 時雨から貰った酒を手酌で注ぎ、女王様は杯を干す。 傍らで映像を映す蟲は部下からのお返しのひとつで、丸く青色をした手のひらほどの大きさの蟲だ。 「な…に…笑って…やがる」 「気持ちいい時のあなたは、本当に不器用だなって」 映像の中のふたりは、互いのものを手で弄くり合っている。 コツッという足音に、躯は顔を上げた。 「おい、止めろ」 蟲は命令通りにさっと映像を消し、すすっと暗がりに引っ込んだ。 ブーツの足音、ノックもなく開けられた扉。 「よう飛影。何を持ってきた」 顔色ひとつ変えずに酒を舐める躯に、仏頂面の飛影は持ってきた大きな布袋を開ける。 中から出てきたのは割れないよう布に包まれた、トロリと茶色い液体の入った瓶。白い陶磁器、木の椀のようなもの、蝋燭とおぼしきもの、躯には何であるのか検討もつかない、色とりどりで細かなものが入った袋、白く丸いものがたくさん入った袋だ。 「なんだこれ?」 「作る」 「作るぅ?」 「…オレが作ってやるんだ。文句があるのか」 びっくりして、寝そべっていた寝台から躯は身を起こす。 白いフォンデュ鍋にチョコレートが注がれ、オレンジ色の蝋燭に灯がともされる。躯にはバレてないとでも思っているのか、袋の中に隠したメモにちらちらと目を落としながら、飛影は砕いたドライフルーツを木鉢にあけ、マシュマロに串を刺し皿に並べた。 武骨な部屋には似合わない、甘ったるいにおいが満ちる。 ぽこぽこと泡を立てるチョコレートの中に、飛影は串に刺したマシュマロを突っ込み、手づかみですくい取ったドライフルーツをかけ、無言で躯に差し出した。 「………あー。美味そうだな…うん…」 女王様は甘いものは特別好きでもないが苦手でもない。 しかしこの、マシュマロを串に刺しドライフルーツをかけたかわいい筆頭の手は、昨夜あの狐のアレやコレやをナニしていたのだと思うと、いささか食欲はそがれてしまうのも否めない。 大きな赤い瞳がじっと躯を見ている。 手を洗ったのかなどと問えるはずもなく、躯は今にもドライフルーツのこぼれ落ちそうなマシュマロを口に押し込んだ。 甘酸っぱいドライフルーツの香り、ほろ苦いチョコレート、やわらかなマシュマロ。 「美味いか?」 「え?あ、ああ」 「なら、オレを最下位にするなよ」 美味いが、なんだか飲み込みにくい。 それは先ほどまで見ていた映像のせいだと、躯にもわかっている。 休みもなくパトロールなんてごめんだぞ。ぶつぶつとそう言いながら、飛影は残りのマシュマロも次々とチョコレートに浸し、皿に並べる。またもや手づかみでドライフルーツを散らしながら。 「ちゃんと返したからな」 宿題を終えたことを報告するかのように満足げに言うと、マシュマロの並んだ皿を躯の目の前に置き、さっさと部屋を出て行こうとする。 扉に手をかけたところで、ようやくマシュマロを飲み込んだ躯は声をかけた。 「飛影」 くるっと振り向き、いぶかしげに飛影は首をかしげる。 「…美味かったぞ」 驚きに一瞬目を丸くし、どこか照れたように小さく頷き、飛影は扉を閉めた。 ***
好奇心に負けたのか、蟲はこわごわとマシュマロの皿に近づき、においを嗅いだ。躯の視線に気付くと慌てて皿から離れ、壁に向かって映像の続きを映す。 「おい、もう止めていいぞ」 ピタッと動きを止めた蟲を手のひらに乗せ、口元とおぼしき場所に躯はマシュマロを置いてやる。どうやら食べてもいいらしいと、丸い蟲は嬉しそうに見たこともない食べ物にかぶりついた。 「確かに、面白いという意味ではお前の飼い主が一番だろうな」 躯の独り言を聞きながら、むしゃむしゃとマシュマロを食べ終え、映像の続きはいいのかと蟲は青色の背を光らせる。 「ま、いいさ。目の前で作られちゃしょうがない。この先は勘弁してやるさ」 手作りってのは予想外だったな。 躯は苦笑し、ぴかぴかした蟲の背を撫でた。 「お前の飼い主に、一年間パトロールの休みをやるぞと伝えろ。宝物庫も勝手にしろ」 蟲は百本はあろうかという足でシャキンと立ち上がる。 飛影が置いていった袋に残りのマシュマロを躯は串ごと詰め込むと、蟲に渡してやった。 「ついでにこれも持って行け」 ...End. 2016年ホワイトデー限定小話。 |