お年玉

「…お年玉、あげましょうか」

彼女の声は、甘く冷たく、オレの耳に響いた。
***
実家に帰って過ごす夜は、静かであたたかく、そう離れて暮らしているわけでもないのに、なぜか懐かしさを感じる。
母親の茹でた蕎麦も食べ終わり、家族四人、無難な年越し番組を流すテレビの前で、他愛もない会話をしていた。
新しい年がすぐそこまで来ているというだけで、特に何かが変わるわけでもない、そんな夜に。

「…お年玉、あげましょうか」

携帯に表示されたナンバーは桑原くんのものだったけど、その声は、女の子のものだ。

「…雪菜ちゃん?」
***
そりゃあまあ、彼女は兄と同じく小柄だし、華奢でもある。けれどやっぱり、彼女は妖怪なのだ。
まるで買い物袋を抱えているだけだとでもいうように、そのほっそりとした腕、片腕だけで、彼女は飛影を軽々と抱えていた。
背格好はほとんど変わらないのに、それは幼子を抱く母親のようにも見える。

「…こんばんは」

艶やかに、微笑む。
白いセーターにジーンズ、濃いワイン色のブーツという出で立ちで。

妹の肩に、髪に、顔を埋めるように抱きかかえられている兄の顔は、ここからは見えない。
いつもの黒いコート、黒いズボン。黒いブーツの足は、たよりなく揺れている。

23時過ぎの人気のない公園。
小さな兄妹のシルエットは、やはり小さい。

「雪菜ちゃん…飛影…?どうしたんです…?」
「あなたに、お年玉あげようと思って」

氷の女の吐く息は、全く白くない。

「飛影…どうしたの?」
「寝ちゃった」
「寝ちゃったって…」
「こんなにお酒に弱い妖怪って、見たことないわ」
「いや、そうじゃなくって…」

そもそも、なぜ飛影は人間界にいるのか?
なぜ、妹とともにいるのか?
なぜ、妹に抱えられてオレの元に来ることに?

「どうして兄を放っておくの」
「放ってって…」

一緒に年越しをしないかと、誘ったのに断られたのだ。
パトロールもあるし、そもそも年が変わる時に一緒にいなけりゃならん理由はない、と。

「幽助さんが、魔界から連れてきちゃったの」
「えー?そうなの?オレの誘いは断るくせに。まったくもう」

急に百足に現れた幽助に、強引に引きずられてくる飛影が目に浮かぶようだった。
嫌だ嫌だとごねつつも、いつだって幽助の誘いは断り切れない飛影なのだ。

「じゃあ、オレも呼んでくれれば良かったのに」
「幽助さんはそうしようとしたんだけど」

兄が、嫌だって。
あなたが来るなら、帰るって。

「…あなたが家族の元に帰っちゃうから、拗ねてたのよ」
「そんなあ」

誘ったのに?
断られたのに?
だからしょうがなく実家で過ごすことにしたってのに?

なのに、拗ねるって、何?

「あなたが、悪い」
「え?」
「誘い方が足りない。もっとしつこく、誘って」
「ええ?」
「嫌だって言っても、迎えに行って。強引に連れて来て」

それが、この人向きの愛情表現、よ。
自分の肩に埋めていた兄の顔を上げさせて、酔いに赤く染まった頬を、指でつつく。

「…そのぐらい強引にしなきゃ、この人、自分に自信が持てないんだから」

はい、と、彼女はオレに、飛影を渡す。
慌てて受け取った体は、小さくて、あたたかい。
眠っている者は、人間も妖怪も、どうしてあたたたかくて、ぐんにゃりしているのだろう。

「飛影…」

心細い子供のような顔して、飛影は眠っていた。

「…まったくもう…世話の焼ける子供だよ」
「でも、好きなんでしょ?」

クスッと笑うその顔は、妹というよりは、姉のようで。
そしてほんの少しだけ、母のようでもあった。

「…はい。好きです」
「じゃあ、しょうがないじゃない」

子供に手を出したのはあなたよ。
最後までちゃんと責任持ってね。

「じゃあね」

ふいに公園を通り抜けた冷たい風とともに、彼女の姿はフッと消えた。
***
「オレの方が、だーいぶ年上なのに」

お年玉、もらちゃったよ。

彼女と同じように、オレも片腕で抱きかかえて、歩く。
弱いくせに結構飲んだのだろうか、飛影が目を覚ます気配はない。

言い訳を考えるのも面倒で、申し訳ないと思いつつ実家には夢幻花を振りまいてきた。
いそいそと帰ってきたマンションは、すっかり冷え切っている。

エアコンとか、シャワーとか、一瞬よぎったそんな考えは面倒になって、コートとブーツを脱がせた飛影を、ベッドに押し込み、隣にもぐり込んだ。
暖房がわりにと、飛影をぎゅっと抱き寄せて、毛布と布団で包み込む。

閉じられた、大きな瞳。
寝息を立てる小さな口。
あたたかい頬に、オレは唇を落とす。

あけまして、おめでとう。
家族よりも誰よりも、真っ先に君にそう言おう。

今年もまた、よろしくね。
去年よりもっと、よろしくね。
この先もずっと、よろしくね。

そう言って、彼を抱きしめよう。

妹の指南どおり、嫌がられても、怒られても、
彼に口づけて、抱きしめよう。


...End.

2014.01.02再アップ。
2013年のお正月の限定アップ話でした。(^_^)