甘くないいつものように窓から入った部屋の中は、季節外れの香りに満ちている。大好物の甘酸っぱい香りを、飛影は胸いっぱいに吸い込んだ。 「お茶淹れるから、苺食べてて」 飛影の脱ぎ捨てたブーツをきちんと窓辺に並べ、蔵馬は微笑む。 窓から吹き込む弱い風はあきらかに秋の気配で、苺の香りに戸惑っているようだった。 濃く淹れた紅茶の入った大ぶりのマグカップを両手に部屋に戻った蔵馬は、テーブルに肘をついたまま、苺を山のように盛ったガラスの鉢を眺めているだけの飛影に、不思議そうな顔をした。 「食べないの?好きでしょう?苺」 無論、今は苺の時期のものではない。 蔵馬が飛影のためにと、自分で育てた苺だ。 「飛影?」 薄汚れた包帯を巻いた右手がのばされ、ひときわ赤い苺をつまみ、小さな口に放り込む。 三度ほどの咀嚼で飲み込み、飛影は無言で蔵馬を見上げた。 「甘いでしょう?」 植物のクエストたる自分の自信作だ。蔵馬は飛影の向かいに腰を下ろし、マグカップを差し出す。 「…甘くない」 ぼそっと吐き出された言葉に、蔵馬は驚く。 「え?嘘。甘くない?」 自分でもひとつ苺を口にし、蔵馬は首をかしげる。 「甘いじゃない」 「甘くない」 もうひとつ苺をつまみ、咀嚼し、甘くない、と飛影は再び呟く。 「おかしいなあ。当たり外れはないはずなんだけど」 はち切れんばかりにみずみずしい、作り物のように粒が揃った真っ赤な苺。 首をかしげたまま、蔵馬はもう一つつまんだ苺を、半分かじる。 強い甘みとわずかな酸味が舌をすべる。 「これは?」 かじりかけの苺を差し出すと、飛影は素直に口を開ける。 「どう?」 「…甘い」 「でしょう?甘いはずなんだ」 鉢からつまんだ苺を、蔵馬は再び飛影の口へ入れる。 かわいらしい咀嚼をし、飛影は呟く。 「甘くない」 「ええ?そんなわけないよ」 丸ごと口に入る大きさの苺を、わざわざ半分かじると、蔵馬はまた飛影にやる。 「ほら、甘いでしょ?」 「…甘い」 次を待つように小さく口を開けた飛影に、蔵馬の手が一瞬止まる。 「飛影」 口を閉じ、飛影は蔵馬を見つめる。 ガラスの鉢に燦然と輝く、真っ赤な苺のような瞳で。 「…どうぞ」 半分かじり取られ、不恰好な姿になってしまった苺。 口で受け取り、濡れた音を立て、飛影は満足そうに苺を飲み込む。 苺をかじり、残りを食べさせる。 自分の口に半分。相手の口にもう半分。 何個も何個も、半分になった苺を蔵馬は差し出し、飛影は受けとめる。 甘い甘い苺に、満足そうなため息がこぼれる。 「飛影」 「なんだ」 「…あなたを変えたのは、オレだと思っていいのかな?」 問いには答えず、与えられた次の苺を口にし、赤い果汁に染まった指先まで飛影はゆっくりと舐めた。 指先に感じる、ねっとりとしたあたたかさ。 「…もっと、よこせ」 「いいですよ」 鉢を空にするまで、二人は苺を分け合う。 互いの目を見つめたまま、甘くやわらかな果肉は口の中で次々つぶされていく。 傍らではすっかり冷めた紅茶が、マグカップ越しにあきれたように二人を見ていた。 ...End. 大好きな蔵飛サイトさん「Match Box」さんが10周年を迎えられました! ・*:.。..。ヾ(Φ∀Φ)人(*`Д´*)ノ+.゚ *+:。. 最新のイラストから勝手に苺話を書いてしまいました(笑) 環さんの描く蔵飛はほわっとしていて、 それでいて強い愛を感じる本当に素敵な蔵飛絵なのです…♥ 特に飛影から蔵馬へのスキスキが感じられるのです…(*-v-*) どうか今後も素敵な蔵飛絵を描き続けてください♥(Φ∀Φ*人) 2014.09.11 実和子 |