20.氷泪石

「な…っ…」

絶句している飛影を見つめ、オレはにっこり笑う。

「綺麗でしょ?」
「…どういう事だ!」

ようやく我に返った飛影が、たちまち眉尻を上げて反撃に出る。

「どういうって…」

テーブルの上には、ピアス、ネックレス、ブレスレットが一揃い入った宝石箱。
中に納められた宝石は、魔界の一国を買ってもまだお釣りがくるかもしれない。

「貴様…」

わなわな震える手で、飛影が宝石箱を引っつかもうと手をのばす。
彼の素早い動きをかわして、オレは蓋を閉める。

「返せ!!」
「返せ?捨てろって言ったじゃない。捨てた物は拾った人の物でしょ?」
「やかましい!御託を並べるな!」

宝石箱に納められたアクセサリーは、全て氷泪石で出来ている。

薄く紅みを帯びた石。

…飛影の造った氷泪石。

とろけるような、だったり。
痛みを伴う激しいもの、だったり。
声がかれるほどの快感、だったり。

この石は全部、彼がオレと繋がっている時に造り出した物。
零れた涙からできた石は、まるで彼の赤い瞳の色を分けてもらったかのように、薄紅い色を帯び、今まで見た事のある宝石のどれよりも綺麗だ。

「捨てろ!さもなきゃ貴様とはもう二度と会わん!」

激高している飛影の言葉に、オレはふと思いついた疑問を投げかける。

「…ねえ飛影。あなたなんで盗賊なんかしてたの?」
「話をそらすな!」
「そらしてませんよ。だってこの氷泪石、氷女たちが造る蒼い石よりもっと希少じゃない?盗賊なんかしなくても十分楽して生きて行けたでしょう?」
「………」

面食らったように飛影は目を瞬いた。
これだけ貴重な石なら、一粒でも百年くらいは食べるのには困らないはずだ。

「………」

返事はない。
飛影が、顔を真っ赤にしてうつむいた。

「ねえ、飛影…」
「……ったからだ…」
「え?」
「泣いた事なんかなかったからだ!」

オレはびっくりして、一瞬油断した。
その隙に飛影はオレの手から箱をひったくり、そのまま窓から飛び出し…

オレの手は、黒い服の裾をかろうじてつかまえた。
小さな体が、床に落っこちる。

「放せ!」

おかしくて、嬉しくて、思わずオレは笑い出す。

「何がおかしい!?」
「ごめん。嬉しかったんだ。じゃあ、この石はオレが初めて見たの?オレしか見た事ないの?」

床に転がる飛影を抱きしめ、嫌がる彼に喜々として問う。

「…この先は他の奴が見ないとは限らんがな!」

飛影はようやく反撃を思いついたらしいが、赤く頬を染めた状態では説得力もない。

「放せと言っただろう!オレは帰る!」
「だーめ。こんなかわいい話聞いちゃったら帰せない」

腕の中でもがく彼の服を一枚ずつ脱がす。

「…オレ以外に、見せる気になれないくらい楽しませてあげる」

抵抗しつつも、飛影の瞳に一瞬淫らな期待がよぎったのをオレは見逃さない。

…今夜はこの部屋中に、氷泪石を散りばめよう。
まずは至高の赤い宝玉を覆うまぶたに、唇を落とした。


...End.