19.死に場所

「お会いできるなんて光栄ですよ」

彼女に実際に会うのは初めてだった。
蔵馬は薄く笑んで挨拶をした。

「貴女のお噂は、かねがね伺ってましたが」

もちろんそうだ。
魔界で彼女の名を知らない者などいるだろうか?
そもそも蔵馬が今魔界に…しかも黄泉の元ににいることだって…まあ彼女も原因の一つとも言える。

「オレもお前の噂は聞いていたぜ。まあ、そのかわいらしい姿になる前の事だがな。妖狐蔵馬」

躯も客人に向かって言うと、まるで乾杯の仕草のように、グラスの酒を掲げた。

「しかし、よくここへ来たもんだな。敵方の参謀のくせに」
「…よくも何も…お招きくださったのは貴女ですよ」

蔵馬は苦笑し、懐から取り出した躯からの手紙を指で弾いた。

「これを見せましたから、特にお咎めもなくここまで案内していただきましたよ」
「まあな。しかし来ないという選択もできただろう?確かに招いたのはオレだが、お前がここに来て無事で帰れる保証はない」

躯は蔵馬に視線を据えたまま、空になったグラスに手酌で酒を注ぎ足した。

「とはいえ、オレは来ましたよ。招かれたんだから椅子ぐらい勧めていただいてもいいと思うんですけど」

そう言いながら、蔵馬は躯の目の前の椅子に勝手に腰を下ろす。

「いい度胸だな」

躯はもう一つグラスを出し、酒を注ぎ、目の前の男に手渡した。

「どうも。貴女に酒を注いで貰って、今生きている男が何人いますかね」
「一人くらいはいるだろう」

ちょっと首を傾げて躯は笑う。
そうすると半身を覆う傷を差し引いても、彼女はとても美しかった。

「…綺麗ですね」
「酒がか?」
「貴女が。貴女の強さや恐ろしさについてはさんざん聞いていたのに、美しさについては知らなかったな」

躯がぷっと吹きだした。

「さすがだな、狐。人間の姿になっても人を誑し込む舌は健在ってわけか」
「世辞でもないんですけどね」

グラスの酒を、蔵馬はくるりと回す。

「さて、ご挨拶はこの程度で。なぜオレをここに呼んだんです?」
***
見せたいものがある、付いて来いと言われた部屋は、奇妙なポッドがいくつも並んでいた。

「ここは…そうだな、病室ってところだな」
「なるほど。再生医療ポッドってわけですか」

薬液の満たされたそのポッドの群れを蔵馬は興味深そうに眺めていたが、あるポッドを見た途端、その瞳が驚愕に見開かれる。

「ひ、えい…?」

呆然とした呟き。
蔵馬は目の前のポッドに手をついて、中の人物を凝視する。

ゆるゆるとした液体に浸かり目を閉じている姿は、酸素マスクから時折こぽりと浮き出す気泡がなければ死体のようにも見えた。

「…どういう…事です?」

冷たい瞳と冷たい声が、躯に冷ややかに問う。

「なぜ、オレにこれを?」

興味が失せたとでもいうように、蔵馬はポッドから目を反らす。

「なんだその顔は?オレに感謝しろよ」
「…感謝?一体何に?」

碧の瞳が冷たく光る。

「呼んでやったことにさ。知ってるか?こいつは自分が死んでもいいと思っていたんだぜ」

たいして強くもないガキのくせして生意気にもな、と躯が皮肉っぽく笑う。

「それで?…彼は助かったわけでしょう?でもオレになんの関係が?」

躯が、コツンとポッドに額を寄せた。

「記憶を、見た。こいつの」
「……」
「なかなか興味深かったぞ」
「それで…?」
「オレはわりとこいつを気に入っている」
「惚気を聞くために呼ばれたわけですか?」
「そういう意味じゃない。出来の悪い弟みたいなもんだな。いや、息子かな?」
「なるほど。それでお母様はなぜオレを呼んだんです?」
「かわいい息子が目を覚ましたら一番最初に会いたいだろうヤツを呼んでやったというわけさ」
「…なら、それはオレじゃない。彼の妹だ」
「記憶を見たと言わなかったか?」

躯はおかしそうに笑う。

「こいつは、お前のことが好きらしいな」
「それはそれは。光栄ですね」

蔵馬は皮肉っぽく笑う。

「何度か体を繋げたくらいで?貴女の見た記憶はそれでしょう?それは彼がオレを好きだということにはならない」
「記憶の中で」

躯は蔵馬の言葉を無視して続ける。

「こいつはお前に抱かれていた。…抱かれる夢も見ていた」
「…へえ。随分な皮肉だ。少なくともオレのために生きようと思うほどにはオレを想ってはいないと、彼はわざわざ証明してくれたわけだ」
「お前が」

片方だけしかない瞳が、じっと蔵馬を見据える。

「お前が、こいつを選ばなかったからだろう?」
***
こぽ、という微かな水音が、静まり返ったこの空間に響いた。

「…オレが、彼を?貴女の所に行くと決めたのは彼だ」

第一、と蔵馬は続ける。

「貴女は彼を呼んだ。彼はそれに応えた。オレに何の関係が?」
「行かないでくれと引き止めてやれば、こいつは今ここにいなかったかもしれんぞ」
「…オレにはそんな義務も権利もない」
「オレ相手に虚勢を張るのはよすんだな。通用せん。オレはこんなガキとは違う」

躯はニヤッと笑ってポッドの側に腰を下ろした。

「お前はここに来た。敵方の参謀でありながら。オレが招いたとしたって来る義務はなかったのに」
「興味はありましたからね。敵の要塞の内部を見れるなんてそうそうない」
「好奇心で身を危険に晒すほどお前は馬鹿じゃない。その頭脳を買われて黄泉の元にいるのだろう?」

ピピッ、という小さな電子音がして、飛影の眠るポッドに青いランプが灯る。

「…予定では二、三日後のお目覚めだったんだが、まあ大丈夫だろう。傷はほとんど塞がっている」

躯はまるで、愛しい子供を眺めるかのように青白い裸体を見つめる。

「青いランプの下のボタンを押すと、水が抜ける」

長い指が、ボタンを指す。

「水が抜ければ、マスクが外れて扉が開く。本当はまだ起きるはずの日じゃないから、すぐには目覚めないだろう。部屋に連れて行ってやれ」

弧を描いて放られた、部屋のナンバーが書かれた厳めしい鍵は、パシッという小気味よい音を立てて蔵馬の手に納まる。

「オレは…」
「通用せんと言っただろう?オレも伊達に長く生きてるんじゃないんでね。その鍵をお前は今、受け取ったじゃないか」

躯は片頬で笑うと、さっさと部屋を出て行った。
***
「殺風景な部屋…」

蔵馬がつぶやくのも無理はない。

飛影の部屋は驚くほど何もなく、部屋の中央に置かれたベッドの他には家具らしき物はほとんどない。壁際の木箱にはわずかな服と剣が放り込まれている。無駄に広いせいで、その部屋はなおさら寒々しく見えた。

それでも筆頭戦士の部屋だけのことはあり、浴室は一応あった。百足には小間使いでもいるのか、浴室のカゴにはタオルらしき物もある。蔵馬は浴槽に湯を溜めると、自分の懐から出したいくつかの薬草を放った。

まだ眠ったままの飛影を壁に寄りかからせ、蔵馬は手早く服を脱ぐ。

ふいに、服を脱ぐ手がピタリと止まる。
こんな所で、敵の陣地の、敵の筆頭戦士の部屋で、オレは何をしている?

躯の笑みが、脳裏に浮かぶ。

「…オレ相手に虚勢は通用せん、か…」

苦笑し、服を脱ぎ捨てた。

薬草風呂に一緒に浸かり、抱きかかえた体をすみずみまで洗う。
ポッドの治療再生用の液体をきれいに洗い流す。

顔、髪、手足、指先…
まだ薄く傷跡の残る腹と腕は、殊更にやさしく洗う。

「…ねえ飛影?オレがあの時引き止めたら、あなたはオレの側にいてくれたの?」

意識のない頭を支えて、髪を洗い流す。

「でも…引き止めて…断られちゃったら…オレは随分とみじめじゃない?」

額にかかる髪をかき上げ、邪眼の縁に唇を這わせる。

「それとも…もしかして…あなたも同じ事を思っていてくれてたのかな?」
***
「ん……」

湯で暖まった体にひんやりとしたシーツは、気持ちが良かった。

…もう少し、眠りたい。
そう考え、くるりと寝返りを打った。その途端、

「…!!」

部屋に他人の妖気を感じ、飛影はガバッと起き上がった。

「あ、…っぅ…?」

腹と腕に痺れるような鈍い痛みがあり、ますます混乱する。

「誰だ!?」

暗い部屋を見渡すまでもなく、妖気の主は、ベッドの足下に腰かけていた。

「オレだよ」
「…蔵馬…?」

瞬間、記憶が鮮やかに甦る。
オレは…時雨と…。

オレは死んだはずだったのに。
なぜ、ここに?
そして、なぜ蔵馬がここに?

「…夢…?」
「残念ながら、違うよ」

ああ…そうか、この腹と腕は時雨にやられた傷だ。致命傷だと思ったのに、どうやら助かったらしい。
それはわかったが、なぜここに蔵馬がいるのかわからない。
天井、壁、ベッド。どう見てもここは百足の自室だ。

蔵馬は腰かけたまま、飛影の方は見ようとはしない。

「蔵馬…なぜここ…」
「躯が、あなたの記憶を見たんですよ」

自分の言葉を遮るように言われた言葉に、飛影は硬直する。

「オレの…記憶を?…あいつ…何を勝手な真似を!」
「勝手?君がどう言ったところで君は彼女の部下だ。それに、君は死んでもいいと思ってたんだから文句を言う筋合いでもないだろう?」
「なぜ…それを…?」
「彼女から」
「なんで…どうして…貴様は何しに来たんだ?…っつ!」

混乱した飛影の言葉など聞こえないかのように、今さっき足下にいた蔵馬が、飛影の腕をつかみベッドに押し倒した。飛影の両手を片手でひとまとめにつかみ、もう片方の手がシーツの中にすべり込む。

シーツの下は何も身に付けていなかった体に、ゆっくり指が這う。

何日もポッドの中に眠っていたせいで、飛影の動きは鈍い。蔵馬に難なく押さえ込まれる。

「っ、どけ!貴様なんのつもりだ!?」
「いいじゃない別に」

碧の瞳が、闇に映える。

「どうせ、この身体も心も捨てるつもりだったんだろう?オレがもらってやるよ」
***
「ん、んん…ああっ…!」

ベッドに四つん這いになった飛影の両手は蔓のような物できつく縛られ、手首は早くも痣を見せている。
膝と、ベッドに押し付けた顔で体重を支える形になり、尻だけが高く上がる。

襞を硬く閉じていたそこに、ぬめぬめと舌が這う。

「馬鹿、やろ、う!よせ!何考えて…あ、ん!」

百足の中の、自分の部屋だ。
鍵はある。だから誰も入ってくるわけないと分かってはいても、壁一枚隔てた通路には人の往来がある。

「んん!あああ!」

ぐちゅ、という濡れた音と共に舌が体内にもぐり込む。
内壁を舐め、襞を伸ばし、舌は卑猥に蠢く。

躯に呼ばれて魔界に来てから、誰とも一度もこうした行為には及んでいない。
あまりに久しぶりの感覚に、飛影は声を抑えられない。
散々体内を舐め、内部を蹂躙した舌がようやく出て行ったかと思えば、次の瞬間には指がずぶりと突き入れられた。

「ああああ!!」

指が一本、挿入されただけだ。
なのに弱っていた体は、悲鳴を上げる。

グチュッ、グチュッっと音を立て、一本だけの指が抜き差しされる。

手を縛られているため、勃ちあがって蜜を垂らしているそこを、自分で慰めることもできない。

「あ、ああ、蔵馬!っあ!」

返事はない。
飛影の望みは分かっているだろうに、焦らすように人さし指だけを抜き差しする。

抜き差しの度に飛影の穴は襞を寄せ、力を込めて指を放すまいとするのに、蔵馬は力づくで抜き差しを繰り返す。

「ん、ア…!もう、やめ…!」

固く窄まっていた穴は、徐々に緩みはじめ、自らぬるぬるとした液体を流しはじめる。
襞を濡らし、蔵馬の指を濡らし、それでもまだ余り尻や太股を濡らしていく。

「ねえ…ビショビショになってきたよ?なんでこんなにここは濡れてるの?」

濡れた穴に、蔵馬は親指と人さし指の先端を押し込み、そのままグッと左右に大きく開いた。
無理やり開かれた穴は、トロリと透明の体液を流れ出させる。

「あ!いや、だ!指を抜け!やめろ!」

ぬるぬると濡れる穴は、内部のピンク色までのぞかせる卑猥な有り様だ。

飛影が荒い呼吸をする度に、穴は収縮を繰り返す。
叶えられない望みに、そこは痙攣し始めていた。

「あ、ああ…う、っあ…」

広げられたそこに、冷たい空気を感じる。

早く、早くここを塞いで欲しい。
入れて、奥まで入れて壊れる程に突いて欲しい。

もはや何で蔵馬がここにいるのか、とか
なぜこんなに奴は怒ってるんだ、とか
記憶を勝手に見た躯に対する怒り、とか

なにもかも脳の奥底に溶け、今は何も考えられない。
蔵馬は二本の指でそこを切れる程にこじ開けているのに、そのまま何もしようとしない。

「あっあっ!蔵、あう!」

勃ちあがっていた前にもう片方の手がのばされた。
触ってもらえるかと思った期待はあっけなく裏切られ、蜜を零す先端に小さな石のような物が、栓をするように押し込まれた。

「ん、んー!うっあ!ああああ!」

鋭い痛みが先端を襲い、一瞬だけ開かれた後ろの穴のことを忘れられる。

「何を、入れ…ああ!痛っう!!」
「まあ、そんなにがっついて腰を振るなよみっともない。…オレの話を聞けよ飛影」
***
オレが半妖だって、人間くさいって、君はよくオレに言ったよね?

笑わせるね。君の方がよっぽど…人間に近い。

知ってる?オレはね、妖狐として恐ろしく長く生きた。
十分過ぎるくらい、生きたんだよ。

なのにオレは自分の命が尽きる時に、まだ生きたかったんだ。
まだ、この世界を楽しみ尽くしてないと思ってたんだよ。
まだまだ満足していない、ってね。

だから、人間に憑依した。
ちっぽけで、卑小な生き物にね。

浅ましいって?

いいや違うね。
それでこそ妖怪だ。

妖怪はいつだって浅ましく生に執着している。
生き延びるためには何だってするさ。

なのに君は…そうだな、簡単に言えばこれは、
手の込んだ自殺ってことかな?
まったく笑わせるね。

そんな事をするのは人間だけだ。

死んでもいい?
死に場所を求めていただって?

たいして強くもないくせに。

躯は足下の花を手折るくらい簡単に君を殺せる。
オレは今こうして君を組み敷いて、喘がせている。

君は抵抗も出来ずに、尻を突き出して、早く早くって腰を振ってねだってる。
みっともないったらないね。

自分が強いつもりでいたのか?
まったくガキは始末に負えないな。

君は、躯はおろかオレにさえ勝てないんだよ。
悔しかったら今すぐオレを殺してみろよ。さあ。

できないくせに。
それとも自分が今不利な状況だからだと、言い訳でもするか?

死に場所?
本当に君は馬鹿だな。馬鹿なガキだ。

君に、死に場所の選択の権利なんてないんだよ。

オレに会った、あの時から。
***
淡々と語られる言葉を、飛影は脂汗を流して聞いていた。

先端に押し込まれたものは石ではなく、何かの種だった。
それは体内の水分を吸って、少しずつ少しずつだが大きくなってきていて、飛影に凄まじい苦痛を与えていた。

汗が顎からベッドへと、ポタポタと落ちる。

「聞いてるの?」
「…だ、まれ…貴様…これ、を…取れ…っ!」
「取ってください、って泣いてお願いしろよ」
「…ふざ、け…アアアァアアッ!!」

種がまた、膨らんだ。
あまりの痛みに耐えきれず、飛影は苦鳴を上げる。

「…取って欲しけりゃ、さっきのオレの話を君のその悪い頭に叩き込むんだね。君には勝手に死ぬ権利なんてないんだよ。わかった?」
「な、ん、の話…オレがどこで死のう、が、貴様に何の関係、…うあ!」
「君に初めて会った時から、決めていた」
「う、あ…なに、を…?」
「君はオレの物だってね。所有物には勝手に生死を選択する権利なんてないんだよ…ふざけた真似をするな」
「きっ、さま…こそ、ふざけ…うアアアァアアッ!! アアアア!!」

背が折れるほどにしなる。
異物を押し込まれた先端からは、赤い雫が落ちはじめた。
立て続けに上がる苦鳴はもはや絶叫だった。

胸はせわしない呼吸に激しく上下し、赤い瞳は涙で濡れている。

「…君が死ぬ時は、オレの目の前で、オレの腕の中だ。勝手な真似は二度と許さない。…わかった?」
「……っ」
「ああ、言っとくけどこの種、放っておくと握りこぶしくらいの大きさになるんだよ。まあその前にそこが破裂するだろうけど」
「…あ…ぁ……………わか…」

叫びすぎて嗄れた喉は、かすかな喘鳴を奏でている。

「聞こえない。返事は?」
「……った」
「聞こえないよ」
「…かった、か、ら…これを取れ!早く!!」

痛みにすっかり萎えたそこに、蔵馬の手がのばされる。
そのことにホッと息をついた飛影は、次の瞬間また苦鳴を上げた。

「あっあっ!アアアアアアア!!」

蔵馬が萎えたそこを強く握ると同時に、後ろの穴に自身を力いっぱい突き入れたのだ。

「うああああ!っあ、やめ、アアアァァアア!!」

知り尽くしている飛影の体の、どこを突けばいいか蔵馬はよく分かっていた。
その箇所を突かれた衝撃で、散々苦痛を与えていた種は血の混ざった白い液と一緒に勢いよく飛び出した。

耳をつんざくような絶叫が、部屋に響き渡った。
***
「さて、と。行くかな。忙しいのに君のおかげで無駄な時間を食ったよ」

種を出してやってから、たっぷり三時間ほども蔵馬は飛影の体を貪った。
飛影はもはや焦点の合わないうつろな目で、裸の体を痙攣させている。酷使され、すっかり弛緩し口を開けている穴は、赤と白の液体を止めどなく溢れさせていた。

蔵馬はその体にシーツをかけてやるどころか、浴室で汲んできたすっかり冷めた薬湯を顔にざばりと浴びせた。

「っう、あ…」

冷たさに、飛影の目に光が戻る。

「………し…て、やる」
「何?」
「…殺して…やる」

飛影はベッドに手をつき、ふらふらしながらようやく半身を起こす。

青ざめて、淫らな液体と血に汚れきった身体。
それでも燃えるような輝きを放っている紅の瞳を、蔵馬は惚れ惚れと見つめる。

「オレを?」
「…殺してやる」
「君が?身の程知らずとはこの事だね」
「…殺してやる。…必ず。…骨も残らぬよう焼き尽くしてやる」

蔵馬はさっさと服を着込み、扉に手をかけた。

「いいよ。いつでもおいで。オレがどれだけ強いか…君がどれだけ弱いか、思い知らせてあげるよ」

そう冷たく言い放ち、碧の瞳を眇めて笑った蔵馬は…

ひどく、嬉しそうだった。
***
「……もう少し、マシな方法はないのか?」

躯の目には、剣がある。
息子同然にかわいがっている者を、あんな風にいたぶった者に対してさすがに穏やかではいられない。

「貴女がオレを呼んだんですよ。半分は、貴女のせいだ」

しゃあしゃあと、蔵馬は肩をすくめる。

「それに、覗きなんて女王様のすることじゃないですよ」
「…馬鹿言え。誰があの部屋に結界をはってやったと思ってるんだ。下手すりゃ百足中に聞こえる声だったぞ」
「それはどうも。だが目的は達成したはずだ。彼は…オレを殺すまでは、死ぬ事なんて二度と考えないでしょうね」
「まあな。だが、お前が…愛していると、もうどこにも行かないでくれと、飛影に言ってやれば済む話だったんじゃないか?」
「それこそ馬鹿馬鹿しい。彼は…愛情なんか信じていない。今オレがそれを言えば死に損なった自分を哀れんでの同情だと思うだけですよ。…彼がそれを理解するのにはまだまだ時間が必要だ。その前に死なれては元も子もない」
「結局、お前はヤツの事を…想っているんだな?そう思っていいんだな?」

碧の瞳が、真っ直ぐ躯の瞳を見つめる。

「…ええ。……そう告げる事を躊躇ってしまった程に、ね」

だから、これはオレのミスでもある。
彼は間違いなくオレを殺しに来るでしょう。
…もちろん、大人しく殺される気はないですけどね。

そう言って蔵馬は、笑みを浮かべる。

「妖狐蔵馬ともあろう者にしちゃあ、ちょっとお粗末な手練手管じゃないのか?」
「…本当に。耳が痛いですよ」
「お前があいつを口説き落とす前に殺されないよう、祈っててやるさ」
「祈るだけで助けてはくれないんですか?」
「当たり前だろ。そこまでお前らの色恋沙汰に付き合い切れるか」
「まあ、人間界でも、姑は嫁の存在を快くは思わないものですからね」
「馬鹿言ってないで、帰れ。もうお前に用はない」

苦笑する女王様の退出の命に、蔵馬は大人しく従った。
***
木々を薙ぎ倒し、存在を誇示しながら遠ざかって行く巨艦を、髪を風になびかせながら蔵馬はじっと見つめる。

「…待ってるよ、飛影」

おいで、飛影。
オレの所へ。オレの腕の中へ。

「…結局、憎しみがどれぐらい愛情に近いか、って事を」

教えてあげる。
オレが、君に。

本気でなければ、きっともっと上手く事を運べたのに。
もっと簡単に手に入れられたはずなのに。

…愛してると告げる事など、
本気でなければ容易い事だったはずなのに。

…殺してやる。…必ず。

それはもう、自分の目にはオレしか見えないって、認めたようなものだ。

「…君が死ぬ時は、オレの目の前で、オレの腕の中だよ」

他の場所も、他の者の腕の中も、一人で死ぬ事も、許さない。
そう決めたんだ。もうずいぶん前に。

だから

だからオレが、君の生きる意味になってあげる。

早く、おいで、オレの所に。

飛影。

…待ちきれないよ。


...End.