17.冬眠

「…仲間ができたのか?」

久しぶりに会った男が言った。
***
「…なんの話だ?」

久しぶり、とか、お前元気だったか、とか。
そんな人間たちのような挨拶をオレたちはもちろんしない。
まあ、強いて言うなら、生きていたのか?だろうが、目の前いるのにそれを聞くのもバカらしい。

目の前に立つ男は相変わらず奇妙な出で立ちで、動くたびに装身具がチャリチャリと音を立てる。

「一体何を言っているんだ、時雨」

オレはもう相手にするのを止め、中断していた右腕の包帯を巻きなおす作業に戻る。
我ながら不器用で、相変わらず上手く巻けているとはいいかねる。

「…そんな下手くそな忌呪帯法は見た事がない」
「放っとけ」

ムッとしたところに時雨の手がのびてきて、オレの右腕を取る。
その武骨な造りの手は見かけとは裏腹に、器用に包帯を巻き直して留めた。
ここ最近見たこともないほど綺麗に巻かれた包帯に、もう一人の器用なやつを思い出す。

「お主がこの技を習得するとはな…なぜ黒龍波を?」
「敵に勝つために決まっているだろう?」

愚問だ。
他に何の理由がある?

勝つためだ。生き残るために相手を殺すためにだ。

オレの不審そうな眼差しに、時雨は薄く笑った。

「相変わらず、そういうところは変わらんな。お主は」

勝手に人の部屋に来て、勝手にベッドに腰かけて悠々と話す。

「…そういうところ?オレは何もどこも変わってはいない」
「小さいところもな」

時雨はくっくっと笑う。

「…喧嘩を売りに来たのか?」
「いや。生憎そんなに暇ではない」

時雨は立ち上がり、ドアへ向かう。

「お主は変わった患者だった。…お主が仲間を見つたのなら、良かったと思ってな」
「だから、何の話だ!オレは仲間などいない!」
「どうかな?」

ドアから出かけていた体をひねり、こちらを見る強い視線。

「撃った後…何時間も眠りこけるような間抜けな技を、信頼できる仲間もなしに使う奴もおるまい?」
「…っ!」

間抜けな技…

すでに廊下に出ていた時雨を追いかけ、捕まえる。

「なんだ?お主の相手をしているほど暇ではないぞ」
「…手合わせしろ!」
「何?」
「間抜けな技を…味わせてやる」

聞き分けのない子供を見るような目でオレを見る時雨を、無理やり百足の外へ連れ出した。
***
ぎりぎり、間に合った。

降り立った窓は、相変わらず鍵はかけられていない。
窓枠に足をかけた途端、体がグラリと傾がった。

「…おかえり」

床に落ちるはずだった体は、しなやかな腕に抱き留められる。

「…蔵馬…」

もう目を開けていられない。
体のすみずみまで、眠りへの欲求で満ちている。

「たまには黒龍波を撃ってない時に来てよ」

すぐ寝ちゃうんだから。つまんないよ。
だがそう言う蔵馬の声に、怒りはない。

むしろ、嬉しそうにさえ聞こえるのは自惚れだろうか?
蔵馬は靴やらコートやらを脱がせ、オレを軽々と抱き上げてベッドに運ぶ。

…眠っている顔を見られるのは好きじゃない。

魔界で生きる者ならもちろん皆そう思うだろう。
寝顔を見られるということは結局、死にずいぶんと近い行為だ。

誰も、何も、信用などできないはずだったのに。

…何時間も眠りこけるような間抜けな技…

…本当に、そうだ。
時雨の言葉を思い出し、オレはおかしくなる。

オレは、間抜けだ。

だが…

「おやすみ、飛影」

もう自分も眠っていた所をオレの気配に起こされたのだろう。
蔵馬はそう言いながら、オレを抱き込むようにして自分もベッドに入る。

蔵馬の体温に、やわらかな寝床の感触に、意識がほどけていく。

間抜けでいてもいい場所。
…眠れる場所を、オレは見つけたのだから。


...End.