16.真剣勝負

「…それって、どう考えても君が不利なんじゃない?」

努めて明るく、できるだけ軽い口調で言ってみる。
月は限りなく真円に近いというのにたっぷりの雲がかかっていて、ぼんやりとした夜だった。

オレの左手。

彼の手で薬指に嵌められた、禍々しく赤いその指輪に視線を落とし、オレは微笑む。
血の色にもよく似たそれは魔界ではポピュラーな鉱石で、元々の色は黒だったはずだが、かけられた呪いのせいで、ぬらりと赤く輝いていた。

二人分の汗を吸って乱れた白い寝具の上、飛影はオレの言葉には答えず、ただオレを見つめている。
行為の後はいつもそうである、潤んだ赤い瞳で。

赤い瞳。
漆黒の髪。
白い首。

その白い首を横切る線のようにも見える、赤く細い首輪。
オレの薬指で鈍く光る石と同じ素材でできた、それ。

重なり合い、汗を流したひととき。

上がった息も整わないうちに、隠しておいたらしい薄い箱を飛影はベッドの下から取り出した。
黒い布に包まれた、指輪と首輪。

おもむろに、彼は指輪をオレの指へと、首輪を自分の首にと嵌めた。
多分、オレは少し面白がるような気持ちで眺めていた。いったい何をする気だろうかと。

だが、彼の首すじで首輪がぱちんと音を立てて止まった瞬間、その音は何かの契約のように聞こえた。
まるで、取り返しのつかない契約のように聞こえる音だった。

薄々、わかってはいたのだ。

この子供は、いかれてる。
愛情に飢え、人肌に飢え、飢えを強さと狂気に変えて生きてきた子供だ。

わかっていて、手を出した。
それはオレのミスだ。

「どう考えても、君が不利なんじゃない?」

もう一度、同じことを言ってみる。
無駄だとわかっていつつも。

歌うような声音で上機嫌に、ついさっきオレに告げられた言葉はこうだった。

もし、オレが浮気をしたら、オレの指は飛ぶ。
だが、飛影の場合、飛ぶのは首だ。

ああそうだ、勘違いはしないで欲しい。

飛影が浮気をしたら、という意味ではない。
飛影は誰と寝たって構わない。あくまでオレが浮気をしたら、だ。

オレが誰かと寝れば、オレの指と飛影の首が、同時に飛ぶ。
非の打ち所のない、と飛影が考えているらしいゲームが今、始まったのだ。

手を伸ばし、汗に湿った髪を撫でてやる。
濡れた髪と、あたたかな頭皮や頬の感触に、オレは目を細める。

浮気をした相手を殺す、というのはよくある話だ。人間界でも、魔界でも。
だが、相手が浮気をしたなら自分が死ぬ、なんてとんだキチガイもいいところだ。

特に、オレのように気まぐれで誰とでも寝るような相手には。

この、キチガイが。
この、イカレが。

「飛影」

薄い笑みを浮かべたまま、首輪に指を滑らせていた飛影が顔を上げた。

「オレ、あなたのそういう所、好きですよ」

満足気に頷くと、飛影はオレの首に両腕を回す。
自分に覆いかぶさるようにとオレを引き、誘うように足を広げ、濡れたままの股間を押し付ける。

「…くらま」

たった三文字に込められた
愛と憎悪と狂気。

赤く冷たい首輪に唇を落とし、オレはその芳醇な香りを吸い込んだ。


...End.