14.不覚

「飛影だったらどうする?」

蔵馬に聞かれ、オレは肩をすくめた。

「くだらん。架空の話だろうが」
「まあね。でも、未来はともかく過去は?多かれ少なかれ誰でも後悔はあるものじゃないか?」

タイムマシン。

幽助とつぶれ顔、それに幽助の女たちやぼたんが酔っぱらってわあわあ議論していたのは、過去に、もしくは未来に行ける、想像上の装置の話だった。

もし本当にあったら、どこへ行く?
オレなら…。私なら…。

楽しそうに大騒ぎしているやつらから少し離れた窓に座った蔵馬は、隣にいたオレに囁くようにそう尋ねた。

過去。
後悔。
そんなもの、ない。

「…貴様ならどうする?霊界のハンターに捕まった間抜けな自分を助けに行くか?」
「間抜けだったのは認めるけど、それは後悔していないよ」

やわらかく、蔵馬は笑う。
周りに聞こえないよう、小さな声で続ける。

「おかげで、飛影に会えた」
「言ってろ」
「そうだな…オレならね、過去に行って…氷河の国の下に立つよ」
「氷河の国…だと?」
「上から落ちてきた貴方を、オレが受け止めてあげる」

冷たく凍るあの国から、遠い地上へ落とされた記憶が鮮やかに蘇る。
本当に、地上は遥か遠かった。

「赤ちゃんの飛影、かわいかっただろうな」
「…赤ん坊にも欲情できるのか、貴様は」
「失礼な。大事に大事に育てますよ」

あの時、地上に蔵馬がいたら?
妖狐が、銀色の髪をなびかせ、長い腕でオレを受け止める。
きっとその腕の中は、あたたかいのだろう。
あり得るはずもない過去を、オレは思い浮かべる。

冷たい空気を切り裂いて落下し、あたたかな腕の中にオレはすっぽりと納まる。

過去になど行けないし、取り戻せる後悔など、何もない。
それでもほんの少し幸せな気分になったのは、気のせいだろうか。

「……馬鹿馬鹿しい」
「そう?でも、今ちょっと嬉しかったでしょ?」

見透かされたようで、面白くない。

「誰がだ。生まれて早々貴様に会うなんぞ、いい迷惑だ」
「そういう憎まれ口を利かないように、受け止めたら、オレだけを大好きになるように育てるよ」
「…それは洗脳だろうが」
「オムツも替えてあげるし、ミルクも飲ませてあげたのになあ。一緒にお風呂に入ってさ」
「なんだと…?」

あの冷たい狐が。
妖狐蔵馬がせっせと赤ん坊のオレを育てているのを想像し、オレは不覚にも笑ってしまう。

まったく、こいつときたら。
笑っていたのを気付かれないよう他のやつらから顔を背け、今度はオレの方から、蔵馬に囁く。

「オレは帰るぞ。こいつらの馬鹿騒ぎには付き合ってられん」

ここは人間界で、オレが帰るのは、蔵馬の部屋だ。
言外の意味を蔵馬はもちろん理解し、頷いた。

騒がしい連中に気付かれないよう、オレたちはそっと部屋を出た。

そんなに世話をしたけりゃ、今からだってさせてやる。


...End.