12.剣「…なぜ、消さない?」満足そうにほうっと息を吐き、蔵馬の腹に頭を乗せたまま、飛影は小さく呟いた。 「何を?」 汗に濡れた飛影の髪を、蔵馬はかき上げてやる。 「消すことは…できるだろう?」 「…ああ。これね」 飛影が指でなぞったのは、蔵馬の腹に残る傷跡だ。 降魔の剣で貫かれたとはいえ、今の蔵馬なら消すことはできるはずだ。 「消したくないんだよ」 「…オレがこれを見て、罪悪感を感じるとでも思っているのか?」 まさか、と蔵馬は笑う。 汗にまみれ、体に残る余熱に頬を紅潮させたままの二人は視線を絡ませる。 「第一、罪悪感なんて感じてないでしょ?」 「当然だ。裏切ったのは貴様だ」 月光が満ちる寝所に、赤い瞳が映える。 「…そうだね。裏切ったのはオレだ。だから…」 忘れないために、残しておきたいんだ。 「…ずいぶんと殊勝な心がけだな」 「貴方に貰ったものは、全部取っておきたいからね」 冗談めかした言葉にさえ、飛影は赤くなる。 「馬鹿言ってろ。オレは寝る」 もう一回しないの?と笑って抱き寄せる蔵馬の腕を振り払い、飛影は毛布にくるまった。 「…おやすみ、飛影」 汗で濡れた体が冷えぬよう、毛布を引っ張り、きちんとつま先までくるんでやる。 ほんの数分後には規則正しい寝息を立て始めた飛影の髪を撫で、蔵馬は微笑む。 裏切ったのは、オレだ。 その裏切りはこんなささやかな傷跡が代償では不公平なのに、傍らで眠る想い人がそれに気付く事は永遠にないだろう。 …オレが幽助を助けたのは、彼に借りを返すためではない。 飛影の心から、幽助を追い払い、オレが住み着くために、だ。 自分の腹に残る傷跡に、蔵馬はチラリと視線を落とす。 思惑通り、飛影は激怒した。 幽助に惹かれつつあった感情など吹き飛ばすほどに。 オレしか見えなくなるほどに。 「…簡単だよね…」 幽助も、飛影も。 蔵馬からすれば、心の内が手に取るように分かる、ほんの子供だ。 「裏切り、ねえ?」 相手が眠っているのをいい事に、クスクス笑う。 「だって…オレは決めてたんだ」 貴方はオレの物にするって。 初めて会った、あの時から。 「たかが人間ごときに…渡せるわけがないじゃない?」 貴方が見るのは、オレだけでいいんだよ。 憎むことさえ、恨むことさえ、オレ以外には許さない。 だからこれは。 この傷跡は。 「…名誉の負傷だよ」 眠っている飛影を自分の胸元に抱き寄せた蔵馬の瞳が、妖しく光った。 ...End |