06.龍

3月26日・晴れ
今日から学生だけの特権、春休みだ。

飛影にはそれを伝えてある。せっかく一人暮らしになったんだから泊まりに来てよと。
来てくれるだろうか?

夕方、飛影がやってきた。
覚えていてくれたのかと喜んだのもつかの間、彼はオレにこう言った。

こいつを預かってくれ、と。

ガッコウとやらは休みなんだろ?
十日くらいだな。大事に扱え。逃がすなよ。

飛影はいつもの黒いタンクトップ姿で、両腕は肩から指先まで、白く真っ直ぐしなやかだ。

白く真っ直ぐしなやか?あれ?
もっとも、その違和感の理由はすぐにわかった。

じゃあな、頼んだぞ。

あっという間に飛影の姿は窓から消えた。
慌てて追いかけようとしたオレの足は、窓の下にいるものを見つけてピタリと止まってしまった。

しっぽ?尾っぽ?で…ピシピシとご機嫌で床をたたく変な生き物。

飛影の、黒龍だ。
***
普通、人に生き物を預けるなら、事前に了承を取るのが礼儀だろう。もっとも飛影に礼儀を期待してもしょうがない。

黒龍は飛影の出て行った窓にしばらくピタリと張り付いて外を見ていたが、どうやら置いていかれたらしいと理解して、オレの方を向いた。置いていかれた割にはご機嫌で、その辺を嗅ぎ回ったり尾っぽをくるくる回したり、せわしない。

やれやれ。

いつの間にやらすっかり日は暮れていて、オレはしょうがなく、カーテンを閉めた。

寝床を作ってやるとしよう。

普段、飛影の腕に巻き付いているくらいだからたいした大きさではない。洗濯物用のカゴにバスタオルを敷いたものを持って部屋に戻る。

ほら、ベッドだよ。
首根っこをつかんで持ち上げ、カゴに落とす。

どうやらお気に召したらしく、丸くなって満足げだ。

じゃあ、おやすみ、そう言いかけて気付いた。

ご飯はいるのかな?
何を食べるんだろう?

せっかく気に入っているようなので、カゴごとキッチンへ連れて行く。

夕食用にカレーを作ってあったが、龍のエサはない。

パンをあげてみる。
食べる。

りんご。食べる。
バナナ。食べる。

ピピッと音がし、ご飯が炊けた。

ご飯もあげてみる。
食べる。

オレはちょっと迷ってから、カレーもかけてやる。
食べる。

良かった。これで少なくともエサの問題は、解決。
3月27日・雨
天気予報では今日は一日雨降りだ。

トーストと目玉焼きを二人分焼く。

むしゃむしゃ食べる。
好き嫌いはない様子。大変結構。

でもジュースは皿から直に飲む。当然こぼすので床は汚れる。
テーブルに上がって飲んでもらう事にする。

乾かしてくれる気なのか、干した洗濯物の下でちょいちょい火を吹こうとする。

一宿一飯の恩義を感じているのだろうか?
できた龍である。

だが洗濯物が焦げるので、気持ちだけいただいて丁重にお断りする。
3月28日・晴れ
今日はいい天気だ。

それにしても尾っぽにトゲトゲがあるのが、少々問題だ。
行ったり来たりしながら尾っぽでピシピシたたくので、床が傷だらけになってしまった。

そういえば、大事に扱えと言われてたんだった。
散歩にでも連れて行くべきなのだろうか?

しかし、逃がすなよ、とも言われてる。
という事は逃げるのだろうか?

なら、リードがいるな。
オレは棚や引き出しを漁り、手頃な紐でもないかと探す。

龍と散歩なんてした事ないな。面白いかもしれない。
でも、この生き物は人間には見えないのだから、傍から見たらオレが一人で散歩しているのと同じだ。

それはつまらない。
3月29日・曇り
朝起きたら、いない。

見当たらない。困った。

名を呼びかけようとして、そもそも名がない事に気付く。
全部の部屋を見て回り、寝室に戻って溜め息をつく。

座っていたベッドの下からふいに炎が吹き出し、足を火傷した。
慌ててベッドの下を覗いたら、気の利いた冗談をかましたような風情で鎮座している。

家の中で火を吹いてはいけないと言ったはずなのに。

甘やかしてはいけないので、きちんと叱る。
3月30日・晴れ
退屈させるとろくな事をしないと分かったので、散歩に連れて行く。

飼い主よりも遥かに順応性が高いのか、人間界が好きなのか、楽しそうだ。
しかし、草でも石でもゴミでも、取り合えず何でも食べてみようという心意気には閉口した。

石はどうやら喉につっかえたらしい。
尾っぽで喉をバシバシたたいていた。

次回はお弁当持参の方が良さそうだ。
3月31日・曇り時々晴れ
お風呂に入って部屋に戻ったら、人のベッドでぐうぐう寝ている。

寝ぼけて火を吹かれては困るので、下に降ろそうかと思ったが、大事に扱えとのお言葉を思い出してしょうがなく隣で寝る事にする。

考えたら当たり前だが、龍は飛影とそっくり同じ匂いがした。

初日から一緒に寝れば良かったかもしれない。
4月1日・曇り
龍の歌声はこの世のものとは思えぬ美しさだと、昔誰かが言っていた。
試しに歌ってくれないかとお願いしてみた所、快く引き受けてくれた。

ガラスを爪で引っ掻く音に酷似した歌声だったので、アンコールはしないでおく。

この世のものとは思えぬ美しさ?どこの世だ。
もしやエイプリルフールの冗談か?
4月2日・晴れ
幽助の所に遊びに行く。
彼ももちろん、春休みだ。

飛影よりも余程かわいげがあると、幽助は大喜びして桑原くんも呼んだ。二人して、ピザだのラーメンだのアイスクリームだの、いろいろ食べさせる。

終いには、酒まで飲ませる始末。

飛影に似ずに、酒が強い。
一升は空けた。

いびきをかいて寝てしまったので、しょうがなく鞄に入れて帰る。

鞄がずっしり重い。
食べさせ過ぎだろうか?どうも太ってきたような気がする。

肥満、などという言葉が頭を過る。

明日からトーストはバターではなく、マーガリンを塗ろう。
4月3日・晴れ
あまりに酒臭いので、風呂に入れる事にする。
風呂場にて、意外な特技を発見だ。

水を、簡単にお湯にできるのだ。

すごい。

でもあんまり褒めると調子に乗って熱湯にしてしまう。

褒めるのはほどほどにしよう。
4月4日・晴れ
寝坊した。

ご飯をあげなきゃなのに、と慌ててキッチンに行くと、勝手にパンを食べていた。
自分の炎で焼いたらしく、真っ黒焦げである。

しかも、マーガリンではなくバターをどっさりのせている。

オレに見えないように後ろを向いて食べていた。
したたかと言わざるを得ない。
4月5日・曇り
飛影が帰ってきた。
普通こういう時は土産の一つも持ってくるものだろうが、案の定手ぶらで帰ってきた。

散々人の世話になったくせに、龍は主の帰りを喜んで、ぴょんぴょん跳ねる。

あっという間に、飛影に飛びつき、右腕に納まった。

世話になったな。
飛影はまたもや窓からさっさと飛び出そうとする。

今度はオレも出遅れない。飛影をどうにか捕まえた。

なんだ?
なんだはないでしょ?

オレが不満げに言うと、飛影はニヤッと笑う。

世話賃が欲しいのか?
じゃあ…今日はオレも泊まってやる。

飛影はそう言うと挑発するように、ベッドに横になった。

嬉しいけど、なんとなく落ち着かない。
飛影の右腕が、ちょっと気にかかる。

睦み合うのを、見られているようで気が引ける。

明日からまた、学校だ。


...End.