03.妹

「ん…」

ほろ酔いで眠るのは、気分がいい。

いつも通りの幽助たちとの飲み会で、酒に弱い飛影はいつも通り一番最初に退散した。隣の部屋では酒豪たちがまだ宴もたけなわといったところだが、この部屋にはそれほど音が響かず、快適な眠りは妨げられない。

飛影はかけられていたタオルケットに顔を埋める。

人間界は夏が終わりかけ秋を迎えようとしている季節だが、まだまだ昼間の空気はぬるい。だが夜が更けた高層階のマンションの一室は、開け放たれた窓から時折冷たい風が抜けてゆく。

肌寒さを感じてもいいのだろうが、隣で眠る者の体温が心地よい。
長い髪が、腕をくすぐる。

「…蔵馬…」

もっと温度を感じたくて、飛影は長い髪に指を絡ませ、引き寄せる。

「……?」

まどろみの中、ぼんやりと感じた違和感に飛影は薄く目を開ける。

「……っ!ゆ!」

思わずはね起きかけたが、タオルケットの下で握られている手がそれを阻んだ。

「な、なんで…」

蔵馬のマンションの一室。

飛影と雪菜が眠っていたソファベッドは、いつもは飛影の酔いつぶれた際の定位置だ。
それにしてもこの部屋にはまだソファやらなんやらいくらでも寝場所はあるのに…。

雪菜はぐっすり眠っている。
どうやら同じように酔いつぶれ、この部屋に運んでこられたらしい。

さっき蔵馬の名を呼んだのを聞かれてなかった事を確信できて、飛影は取り合えず胸をなで下ろす。

「……!!」

握られた手を離そうと試みたが、雪菜の細い指は飛影の手をしっかりとつかんでいる。

「お、おい…ゅ…」

ふいに妹が身じろぎした。
起こしてしまったかと身を硬くした飛影は、次の瞬間耳を疑った。

「…蔵馬さん」

兄の恋人の名をつぶやいた綺麗な妹は、眠ったままにっこり微笑むと飛影の手をゆっくり離し、くるりと寝返りを打った。
***
「…雪菜ちゃん」
「はい。なんでしょう?」

小さなカフェで、運ばれてきたケーキとコーヒーを前にした無邪気な笑みに、蔵馬はがっくりと肩を落とした。

「どうしてそういういたずらをするかなあ」
「あら。バレました?」

蒼い瞳がいたずらっぽく輝く。

「…もー。ひどいじゃない。あの日から一ヶ月も経つのに飛影は口もきいてくれないんだからね」

オレになんか恨みでも?と蔵馬は口をとがらす。

「…あなたが兄をあんまり腑抜けにするから」

ちょっと意地悪したくなっただけ。
妹のかわいいヤキモチ、ってことで。寛大なコイビトは許してくれるでしょう?
そう言うと雪菜は笑った。

薄く形のいい唇の片側だけをキュッと上げて笑うその笑い方は、飛影と似ている。

それに気付いた蔵馬は苦笑いをし、コーヒーを飲んだ。

…この兄妹には、振り回されっ放しだ。
兄の方が機嫌を直すには、まだまだ時間がかかりそうだ。


...End.