01.邪眼ー頭が割れる。ー全身が焼かれる。 ーもう、やめ…頼む、殺…せ… ***
「…飛影、飛影!」「っ…あ…く…らま?」 月明かりの中でも綺麗に見える碧の瞳が、心配そうにオレを覗き込んでいる。 「目が覚めた?良かった。うなされてたよ。大丈夫?」 オレは冷たい汗に震えながら、ベッドに起き上がった。 隣にいるのが時雨ではなく蔵馬であることに、心底ほっとする。 …夢を、見た。 今までも時折見た夢だが、ずいぶん久しぶりだ。 邪眼を付けた、あの時の夢。 あの手術の夢は、いまだに時折見る事がある。 とても忘れられるような痛みではなかった。 蔵馬の部屋、蔵馬のベッド。 隣で寝ていた蔵馬が半身を起こして、オレを見つめている。 「怖い夢、見たの?」 オレを安心させようとしているのだろう。蔵馬はわざと軽い口調で尋ねる。 いつものオレなら、なんでもない、と返して寝直すだろう。 だが…なぜか今日は口が滑った。 「昔の…夢を見た。…邪眼を付けた時の」 「……すごく痛かった、よね?」 痛かった、なんてもんじゃない。 あの時は本当に、気が狂うかと思った。 全身の神経を剥き出しにされて、火で炙られたかのようだった。 あの、凄まじい痛み。 もちろん後悔はしていない。 雪菜のためになら、もう一度受ける事だって厭わない。 …次こそ気が狂うかもしれないが。 「…ごめんね、飛影」 「…何を謝っている?」 謝る意味がわからない。 オレが邪眼を付けたのも、今だ時折その夢にうなされるのも、蔵馬にはまったく関係ない。 夢を見るのをを止められなくて、って事か? 馬鹿馬鹿しい。誰も他人の夢にまで干渉などできない。 それとも邪眼を付けるのを止められなくて、って事か? 蔵馬がいたっていなくたって、オレは邪眼を付けただろう。 「お前には関係ないことだろう?そもそもあの頃お前のことなんか知らん」 だが返された返事は意外なものだった。 「…ごめんね。その時、あなたの側にいてあげられなくて」 ***
過去の話だ。しかもこいつに出会うずっと前の。 …時々蔵馬の言うことはさっぱりわからない。 「…どういう意味だ?」 「その時、オレがあなたの側にいてあげたかったな、って。できなくて、ごめんね」 「何を言ってるんだお前は…。お前に会う前の話だぞ。…第一、お前の指図など受けん。お前に会った後だったとしても、オレは邪眼を付けたぞ」 「うん。あなたの事だからそうだろうね。でも手術の間、ちゃんと隣で見ていてあげたのに。手を握っていてあげたのに。…目を覚ましたら、抱きしめてあげたのに」 「…え…?」 なんだかひどく恥ずかしい事を言われた気がした。 いつものような歯の浮くような気障な言葉でも、耳を覆いたくなるような卑猥な言葉でもないのに、頬が火照る。 うまい反撃も思いつかず、ポカンとしているオレの顔を蔵馬は両手で包み、額のまがい物の眼を舐めた。 「…っ!」 思わず体がビクッと跳ねる。 この眼は妙に敏感で、触られるとまるで神経に直結しているかのように体に響く。 「もし…」 「……もし?」 「また同じように、どんな犠牲を払ってでもあなたが手に入れたいものがあったら…」 「…あったら?…言っておくが止めたって無駄だぞ」 「知ってる。だから、オレが必ず側にいてあげる」 「…必要ない。生憎オレはそんなにやわじゃないんでな」 「それも知ってる。でも、側にいさせて」 その言葉に、さっきまでの夢の残滓が剥がれ落ちる気がした。 もちろんそんな事はこいつには言わない。言えない。 蔵馬はもう寝よう、と呟き、オレを抱きしめるとまだ温かさの残るベッドに潜り込んだ。 さっきまでの隣で眠る体勢ではなく、やつの腕の中にきつく抱き込まれる。 「…おい、窮屈だ。腕を緩めろ」 「いいじゃない今夜は」 オレが、怖い夢を追い払ってあげるよ。 夢の中で、オレが必ず側にいてあげる。 そう言うと、蔵馬は目を閉じた。 ーオレが必ず側にいてあげるー こいつはそう言った。 必ず? 冗談じゃない。こいつに夢でまでまとわりつかれるなんてごめんだ。 鬱陶しい。 迷惑千万だ。 …でも でもきっと、あの夢はもう見ない。 見たとしても…その夢には、蔵馬が側にいる。 なぜだか確信できる。 蔵馬のきつい腕の中で、オレも目を閉じる。 あの時のオレが、今のオレを見たら… 女々しいと嘆くだろうか?情けないと呆れるだろうか? それとも… …羨ましいと、嫉むだろうか? そんな事を考えながら、あたたかな暗闇に身をゆだねた。 ...End. |