曇りガラスの夜ケンカ、というのはまあ、だいたいにおいては双方が怒っている状態のことだろう。だからこの二人の場合、ケンカは滅多にしないといえる。 なぜって怒るのはいつだって片方で、もう片方は宥めるか謝るかの二択ばかりだからだ。 だがめずらしく、今日は宥めるか謝るか、の方が怒っているようだ。 普段怒らない者の方が、怒った時には厄介なのは言うまでもない。 ***
「どうしてもっと早く来なかったんだ?」取るに足らない雑魚が相手だったから。 数だけは無駄に多かったが、てこずるような相手でもなかった。現にこっちは左腕に小さな引っかき傷を一つ負っただけで、相手は全員死んだのだ。 あのくだらない暗黒武術会とやらがが終わったからって気が緩んでいた訳では、ない。 飛影は蔵馬の質問を無視し、心の中で、そうぼやいた。 問題は、その引っかき傷を付けた爪が、毒のある爪だったということだ。十日も経ち、腕の太さが二倍になるほど腫れ上がってから、ようやく飛影は蔵馬の部屋を訪れた。 「…どうしてもっと早く来なかった?」 もう一度同じ質問が繰り返される。 その声になぜか怒りが滲み始めているのは分かったが、雑魚にやられたなんてみっともなくて来たくなかった、などと飛影は説明する気も無い。 「人に手当てを頼んでおいて、説明する気もないってわけ?」 「…頼んでないだろ」 「へえ?じゃあ何しに来たの?あ、そうか。今日は遊びに来てくれたんだ?」 それは嬉しいなあ。何して遊ぶ? 蔵馬の意地悪い問いに、腫れ上がって動かせなくなった腕を持て余して訪れた飛影は返答に詰まる。 だいたい言葉の応酬で蔵馬に勝てたためしがない。 蔵馬は喋りながらも手は休めない。 鋭い先端を持つ固く小さな葉で傷口を切開し、濃い緑色をした薬の瓶を傾けた。 「…っつぅ…!」 腕に走る激痛に、飛影は唇をきつく噛み締めた。 今日の蔵馬の治療はずいぶんと荒っぽい。 緑色の液体はジュワ、と音を立てて傷口から膿を流し出し、腕はみるみる元の太さに戻る。蔵馬はそれを確認すると、別の塗り薬も塗り込み手早く包帯を巻いた。 いつもながら手際が良く、しかも綺麗に巻かれた包帯。 的確ではあるが手荒な治療の終了に思わずほっと息をついた飛影に、思いがけない言葉がかけられた。 「終わったよ。帰れよ」 「…何?」 「何か用があった?手当てを頼みに来たんじゃないんだろ?」 「……ああ」 いつもなら文句を言いながらも蔵馬は手当てをし、その後休んでいけと引き止める。 飛影が少し眠ったその後は…いつも…大抵… その後、を想像して飛影は下腹に覚えのあるうずきを感じる。 「さっさと帰れよ」 もう一度冷たく言われる。 蔵馬はベランダに面したリビングのガラス戸を開け、飛影の靴を放り投げる。 元々蔵馬より遥かに沸点の低い飛影はすっかり頭に来て、靴も履かずに無言で部屋を飛び出した。 ***
「靴はどうしたんだよ?」別にいつも通り木の上に戻って寝ても良かったのだ。 だが、なんとなく、飛影は人間界でのもう一人の知り合いを訪れてみる気になった。 タバコをくわえたまま、まあ入れよ、と幽助は言った。 幽助の部屋は、蔵馬のマンションとは対照的に雑多な部屋だ。 「今日は蔵馬は一緒じゃねえの?珍しいな」 その言葉に先ほどの蔵馬の態度を思い出し、飛影はもう一度ムッとする。 「…なぜやつと一緒に来なきゃならん?」 「いや、別にいいけどさ。お前薬くせーからさ」 その腕、蔵馬にしてもらったんだろ? 真新しい包帯を巻かれ、確かに薬くさい左腕を指される。 「別にオレがやつに頼んだわけじゃない。勝手にやったんだ」 「怪我して行ったくせにそりゃないだろよ。かわいくねーなー」 飛影が酒をあまり飲まないことを知っている幽助は、散らかった部屋でインスタントのコーヒーを淹れる。 「…頼んでもいないのに、勝手にやって、勝手に怒ってやがる」 「蔵馬が?あいつがおめーに怒ることなんてあんのか?なんで?」 「なんでだと?知るか!」 いる?と差し出されたタバコに飛影はそっぽを向く。 「聞きゃいーじゃん」 「は?」 「聞きゃいいだろ、蔵馬に。何怒ってんだって」 「…なぜオレが…」 「聞いちゃまずいのか?別にいーだろ。変な遠慮すんだな、お前」 もうこの話は終わったとばかりに、幽助はテレビをつけ、缶ビールを開けた。 「…そうだな…」 聞いてみれば、いいのだ。 良く言っても無口、悪く言えば言葉足らずの飛影は、怒っている理由を聞くという単純な方法を思いつかなかった。 「…邪魔したな」 薄っぺらな香りのコーヒーには口も付けずに、飛影はまた窓から夜空へ素足で飛び出した。 ***
「これはこれは。一晩に二度目のご訪問ですか。今度は何の用?」リビングでコーヒーを淹れていた蔵馬は、眉を上げた。 そのコーヒーは先ほど幽助が淹れていた物と同じ飲み物とは思えないような、いい香りを漂わせている。 蔵馬の嫌味っぽい口調にもう一度頭にきそうになった飛影だったが、なんとか飲み込む。 碧色の瞳は、明らかに怒りを宿している。 なぜ怒る? 頼まずとも手当てをしてくれることなど、日常茶飯事だったではないか。 「…何を、怒ってるんだ?」 蔵馬はちょっと驚いたような顔をして、飛影を見る。 「…謝りに来たの?」 「謝るだと?謝る理由なんかない。オレは何を怒っているのかと聞いただけだ」 「なんだと思う?」 「くだらんやり取りは嫌いだ。さっさと言え」 今度はちょっと困ったような顔をして、蔵馬はコーヒーを置く。 ゆっくりと飛影に近づき、髪をかき上げた。 形のいい耳に唇を落とし、軽く噛む。 「……ぁ…」 「ほんとは…こうされたくて戻ってきたんでしょ?」 蔵馬はくすりと笑うと、ベランダに通じる、カーテンでしっかりと閉ざされたガラス戸に飛影を押し付け、首筋に、鎖骨に、唇を這わせながら服を脱がせていく。 許しを請うて来たわけではないのに、蔵馬の笑みになぜだか許されたようで飛影はほっとする。 なんだ、こいつは結局オレにこうしたかったくせに、と、自分もそれを望んでいたくせに、飛影は口元に小さく笑みを浮かべた。 ***
崩れ落ちそうになり、思わず目の前のカーテンにしがみついた。どうして… どうしてこいつは、他人の体の中をこれほどよく分かるのだろう? いつものベッドの上に移動する間もなく、そのままリビングで始まった。 背後から抱きしめられ、膝の上に乗せられている。 蔵馬の指は、背中を伝い、体の奥を目指す。 飛影は一糸纏わぬ姿で、蔵馬の方は何一つ服を脱いではいない。 その状態は飛影にとっては癪に障るものだ。 飛影の狭くやわらかな肉を掻き分け、快感を強く感じるその場所をわざと少し外して焦らす。 耐え切れなくなった飛影が、自ら尻を揺らしてその場所に指を押し当てるように仕向けているのだ。 「あ…あっ…んん…」 もうちょっと、奥。 ほんの少し、奥… わかっているくせに、蔵馬はそこにあえて触れない。 「ちがっ…も、う…」 「あれ?ここじゃないの?…飛影、自分でお尻を動かして。あなたの気持ちいい所、どこだがオレに教えてよ」 「ば…かや…!」 分かっているくせに! 罵りたいが、今は熱い穴の中を蠢く指に意識が奪われる。 あまりに焦らされて、腰が浮き上がる。 そうはさせまいと、蔵馬の指が、待ち焦がれていたその場所を強く揉み込んだ。 「あっ!ぅああ!」 急に与えられた強すぎる快感に、思わず膝の上から逃げ出そうと飛影はカーテンを強く引っ張った。 後からそれを猛烈に後悔することになるのだが。 カチッ、パツン、という軽く小さな音とともに… カーテンが、レールから外れてばさりと床に落ちた。 ***
後ろからされるのは、普段は嫌いではなかった。蔵馬の顔が見れないのは物足りないが、自分がみっともなく喘ぐ顔も見られずに済むからだ。 なのに… シンプルな焦げ茶色のカーテンが、壊れたレールからばさりと床に落ちる。 つかまる場所をなくし、前に倒れかけた飛影の体は力強い腕に引かれ、また後ろから抱き上げられる形に戻される。 「……?…な!?……あ…っ!?」 一瞬、目の前に映るものがなんなのか分からなかった。 外の闇と室内の明るさとが、窓ガラスを鏡のように変えるのを、飛影は初めて知った。 裸で、大股を開いて蔵馬の膝に乗る自分の姿。 蔵馬の両方の手で、異なる二ヶ所に快感を与えられている。 左手はすっかり勃ち上がっている飛影の股間のものをゆっくり上下に擦り、右手は後ろの穴をグチュグチュと掻き回している。 その、どうしようもなく、淫らな姿。 グチュ、と掻き回されるリズムに合わせて、勃ち上がった前が、ヒクッ、ヒクッ、と蔵馬の手の中で揺れる。 「な…やめ!蔵馬!!…放せ!!」 自分の欲望が、目の前のガラスにくっきりと映る。 そのあまりの恥ずかしさに飛影は本気で抵抗した。 「ぅあ!ああん!」 穴を抜き差ししていた指が、中で大きく曲げられる。 グッと、肉に指先が食い込むその衝撃に脱力する。 「あっ!あ…んん!うあ…やめ、ろ…っあ!」 「…まるで鏡だね。すごく綺麗に映る。…飛影、目を開けて見てみなよ」 「嫌、だ!…やめろ!」 飛影はきつく目を閉じ、顔を背けた。 …絶対に、見るものか! 「見なよ。ほら…普段は君の肌って白いのにね。今は薄紅色だよ」 「うるさ…」 「分かる?後ろが気持ち良くなると前も喜んでる…オレの手の中で…跳ねてる」 「……!」 その言葉に自分の体がより赤く色付いたのは、目を閉じたままでも分かった。 戻って来なきゃ良かった。 あのまま幽助の所に居れば良かった。 こんな…こんな恥ずかしい目に遭うのなら! 「…裸に包帯って、すごく卑猥だよね」 「黙、れ…!」 「ねえ…オレが何を怒ってたのか知りたい?」 「知…るか!」 耳たぶを甘噛みされ、息を吹き込まれ、体がビクッと跳ねる。 「この腕ね…オレの所に来るのがもう一日遅かったら…切断しなきゃだったよ」 「…な…!?」 思いもよらなかった言葉に、飛影は思わず目を開けた。 にっこり笑う蔵馬と、ガラスの中で目が合った。 「あ、…っんん!」 飛影が目を開けた瞬間を逃さず、蔵馬は中に挿れていた指を激しく動かし、左手ですっかり硬くなったそれを握った。 「あ、ん…あああぁあ!」 ビシャッ、と音を立ててガラスに飛び散った液体。 「…あ……っ!」 それは、ガラスの中の飛影の、ちょうど顔の上を流れ落ちていった。 ***
目を、瞑ってしまえばいいのだ。 ***
すっかり冷めたコーヒーに蔵馬は氷を入れる。それをソファテーブルに置くと、まだ床にぐったりとしていた飛影を抱き上げ、ソファに降ろした。 「どうぞ」 アイスコーヒーを差し出される。 「っ…な、なにが…どうぞ、だ!この変態!」 赤く色付いた肌と涙目で怒鳴られても、迫力はない。 「そお?楽しかったでしょ?」 「誰…が!こ、こんな…恥ずかしいこと…!」 飛影の下肢は快感の余韻で、まだ小刻みに震えていた。 「しょうがないでしょ。今回はお仕置きだったんだから」 「オレが…何をしたって言うんだ!?」 何度も中に出されたせいで、尻はヌルリと濡れている。 口を開けた穴から流れ出す液を見られたくなくて、床に落ちていたカーテンを拾い、飛影は自分の下半身を隠した。 「さっさと治療に来ないから」 「オレの腕が無くなろうがどうしようが…貴様に何の関係がある!?」 「あるよ。大ありだ」 真剣な眼差しが、飛影を射る。 「だって、オレは君のこと、愛してるんだから」 あっさりと放たれた言葉に、飛影は耳まで赤くなる。 思わず背けた視線の先には、白み始めた外がぼんやりと見える、ひどく汚れたガラス戸があった。 「……っ!!」 「ああ、ガラス?大丈夫。オレが後で磨いておくよ」 それとも…オレが舐めちゃおうか? 「馬鹿!貴様……本気で死ね!!」 「君みたいに無茶ばかりする人をおいて死ねないよ」 さてと、休憩おしまい。 次、いいかな? 「つ、次…?」 「さっきのはオレを怒らせた分の埋め合わせでしょ?まだ手当て分は貰ってないよ」 「はあ!? …じょ、冗談よせ…っあ!」 抗議はあっさり一蹴され、カーテンを剥ぎ取られた飛影の体がソファに沈められた。 ...End. 22222キリリク「ケンカの後の仲直り&ガラスに映る」 saku様よりリクエストいただきました! ありがとうございました!(^^) |