Trick or Treat?「……どういうつもりだ?」 小柄な体躯に似合わぬ低い声で、飛影は唸った。 「どういう、とは?」 いつも通りベッドに寝そべったままの女王様は、無邪気に首を傾げてみせる。 大きなベッドを照らす光はあたたかなオレンジ色。 ニヤニヤ笑いのカボチャ達が、女王様の部屋を占拠していた。 ***
「服ぐらい着てきたらどうだ?」目の前の女王様に吹っ飛ばされ、十日間もポッドの中で過ごし、ようやく外に出た飛影はシーツのような布を羽織っただけで、髪もびしょ濡れのままだ。 「やかましい!服なんぞどうでもいい!これはなんだ!?」 ポッドから出たら、百足中にカボチャのランタンが飾られ、菓子の入ったカゴがそこかしこにあるという有り様だったのだ。 「…貴様まで人間界かぶれか」 「他にもいるのか?誰だ?」 ぐっと、飛影はつまる。 「これは何の真似なんだ」 「ハロウィン」 女王様は簡潔に答え、ポテトチップの袋を開けた。 「なんでここで人間界の祭りを…!」 「美味いな。酒の肴になりそうだ」 ベッドの側に置かれた、一際大きなカゴには、人間界の菓子が溢れんばかりに入っている。 飛影には見慣れた物だったが、躯は目を輝かしてあれこれと袋を開けている。 「だいたいあいつに物を貰うとろくなこと…!」 「あいつって?」 「いちいち突っかかるな!! 蔵…」 「持ってきたのは雷禅の息子だ。お前の頭には狐しかないのか?」 言葉をことごとく遮られた挙げ句、墓穴を掘った飛影は、頬を染める。 「…幽助だと?」 「ああ。狐も一枚かんでいるだろうがな」 何を考えてるんだあいつら…。ぼやく飛影に向かって、躯は苦笑する。 「ここのやつらが人間界のパトロールにうんざりしているからだろ」 皆で食ってくれって、差し入れだとよ。 全員が食えるくらいあるらしいぞ。 「たかが菓子だろう。何を警戒しているんだ?」 不思議そうに聞く躯に、再び飛影は頬を染める。 「…別に!」 去年一昨年とひどい目に遭ったなどと、話せるわけがない。 「ほらよ」 躯が差し出したのは、小さな包み。 見覚えはないが、キラキラした派手なビニールのパッケージは、人間界の物だろう。中の飴だかチョコレートだかも、毒々しいピンク色だ。 「菓子をやらないと、いたずらされるんだろう?」 これを狐にやればいい。 そう言ってニヤリと笑う躯は何もかも知っているかのようで、飛影は足音も荒く部屋を出た。 ***
Trick or Treat?そう言われたら相手にお菓子をあげないとね、いたずらされちゃうんだよ。 なっにがいたずらだ!! いつぞや蔵馬から聞いた言葉を思い出し、破廉恥な赤白の飴を突っ込まれたことも思い出し、飛影は部屋で一人、腹を立てていた。 絶対に、あいつは来るに決まっている。 来ない、わけがない!! イライラしつつ、かといって逃げ出すのも癪で、濡れ髪のまま、服を着る。 コン、とノックが鳴った途端、ビュンと音を立てて、剣をドアに突き刺した。 「わあ。派手なお出迎え」 「勝手に開けるな!入るな!」 大きなカボチャのランタンを抱えているその姿に、飛影は一瞬視線を奪われる。 ジーンズとセーターというラフな服装、ゆるく一つに束ねられた髪が包む、綺麗すぎる顔。 ランタンを抱える手の、長くしなやかな指や、意外にたくましい肩に、飛影の視線は定まらない。 どうして…。 どうしてこいつはオレの所に来るんだろう? 百足にだって、この見た目に魅かれて蔵馬を想っている者は、相当いるはずなのに。 怒りが当惑に、当惑が狼狽に変わるのを、蔵馬は面白そうに眺めている。 「ひーえい」 「…なんだ。何しに来た」 「Trick or...」 皆まで言わせるかと、飛影はぐいっと拳を差し出す。 手の中には、先ほど躯から貰った包みがある。 「何これ?」 「菓子だ!これを渡せばいたずらできないんだろう?」 得意げに叫ぶ飛影から受け取った包みを眺め、蔵馬はにっこり笑う。 「ええ。お菓子を貰ったら、何もしませんよ」 「なら、帰れ!」 勝ち誇ったように宣言する飛影は子供っぽく、いつになくかわいらしい。 それはもう、かわいくてかわいくて、食べてしまいたいほどだ、と蔵馬はほくそ笑む。 「じゃあ、遠慮なく」 本当に帰るのかと慌てて振り向いた飛影の視界に、碧の瞳がいっぱいに映る。 「???んーーーーっ!」 ベッドに、押し倒され、重ねた唇から舌が差しこまれる。 濡れた髪の中を指が通り、飛影の背中にぞくりとしたものが走った。 「んっ…!ん、んんっ!! ん…!!」 着たばかりの服を脱がされそうになった所で、ようやく飛影は我に返り、蔵馬の頭を殴った。 「った〜。痛いよ」 「何が痛いだ!どけこのバカ!!」 「嫌だね」 「約束が違うだろうが!菓子を渡せばいたずら出来ない日なんだろう!?」 口元を二人分の唾液で濡らし、赤い瞳を潤ませ、黒いタンクトップは胸元までたくし上げられた状態で、まだそんなことを言う。 「そうですよ」 「じゃあ、どけ!上から降りろ!」 「お断りですよ。だって…」 お菓子、くれなかったじゃない。 しれっと言う蔵馬に、飛影はぽかんと口を開ける。 蔵馬の手の上には、丸い、ピンク色の… 「これ、梅干だもの。お菓子じゃないよ」 「……は?」 これはお菓子じゃないんですー。 だから、オレは貴方にいたずらする権利があるってこと。 「わかった?」 「な…ひ、卑怯だぞ!」 「卑怯じゃないですよ。ルール違反はそっち」 「違っ…躯が…!躯のヤツ!! ん!あ!っは…お前らグルだろう!!」 「あんまり大声出すと、百足中に丸聞こえだよ?」 「!!!」 体中にキスを落としながら、実に手際よく、蔵馬はあっという間に飛影を剥き終わり、丸裸にする。 「ハッピーハロウィン、飛影」 ***
「…なんだこりゃ。すっぱ〜!」時雨や麒麟を相手に酒を飲んでいた躯が、顔をしかめた。 「なかなか乙な味でございますな」 「オレは苦手だ。酸っぱすぎだろ」 ん?と躯は首を傾げた。 「これ、菓子か?」 ...End. |
2012.Halloween 10月31日までの限定アップ |