prank


ドカーン、という爆発音に、時雨は天井を仰いだ。
***
「まったく…躯様!飛影!! 手合わせは闘技場でとあれほど……おや?」

爆発音の元に、躯の気配は微塵もない。

「おい、飛影…?」

大破した飛影の部屋の壁から、黒くて丸いものがポーンと飛び出し、廊下の壁に盛大にぶつかった。どん、でん、ぼよん、と壁と床で跳ね、ビターンと落ちた黒い生き物は、飛影の黒龍だ。

ぶるぶるっと頭を振り、ぼわ、と炎を吹き上げ起き上がった。
どうやら怒っているらしい。

ふうっと息を吸い込み、飛影の部屋に向かってもう一度大きく炎を噴射しようとしていた黒龍を、時雨は慌ててとっつかまえる。

「馬鹿者!! 何をしておる!」

放せ放せと言わんばかりにジタバタ暴れる黒龍の首根っこをつかみ、時雨は瓦礫の山から飛影の部屋に入り…

「出て行けーーーっ!!」
「よさんか飛影!何をしておるお前たちは!?」

お前たち、とは飛影と黒龍だ。
そもそも飼い主とペット?で部屋を大破するような喧嘩をするとは何事か、と時雨は憤る。

「うるさいうるさいうるさい!! 出て行け!失せろ!」
「何をわけのわからんこと…。…?なんだこれは?」

大破した飛影の部屋。
火を吹きシャーシャー怒っている黒龍。
顔を真っ赤にして、こちらも怒っている…激怒しているともいえる…飛影。

その怒りの視線の先をたどれば、赤と白のしましま模様の、時雨には何だかわからない小さな杖のような物が、部屋の床一面にぶちまけられていた。
***
「なんだこれは…」
「触るな!!」

飛影の怒声に構わず、片手で黒龍を抱えたまま、時雨は一つ拾い上げる。
つやつやとした光沢があり、微かな甘い香り。何より手に持った途端、体温に溶け出しベタつくそれは、どうやら…

「…飴か?」

魔界にだって飴くらいはある。
もちろんこんなおかしな形状、おかしな色合いは人間界の物にほかならない。

飛影に人間界の菓子なんぞをくれる相手は、雷禅の息子か、あの狐。

「人間界の菓子であろう?何を怒っておる」
「やかましい!! こんな物、燃やし尽くしてや…」

右腕の包帯を外そうとした飛影は、肝心の黒龍が、時雨の腕の中でシャーシャーと怒りの炎を吹き上げていることにようやく気付く。

「こっちへ来い!」

あっかんべー!と黒龍は舌を出す。
時雨の腕から逃れようと、ジタバタしながら。

「やめんか、飛影!黒龍も!」
「来い!! …お前!オレの命令が聞けないのか!?」

あっかんべー!
べろべろべろべろべー!と、黒龍はもう一度盛大に舌を出す。

「さっさと来い!! この部屋ごと燃やし尽くしてやる!!」
「やめんかー!飛影!! 何を考えておる!!」
***
昨夜のこと。

百足からブーンと飛び出した黒い影。
飛影の黒龍だ。

聞くに耐えない鼻歌まじりに、黒龍は空を飛ぶ。
ご主人様は躯と手合わせをし、例のごとく負けて吹っ飛ばされ、ポッドに入っていた。

ポッドに入った主人を眺めるのにも退屈していた黒龍は、飛影の元に届いた、人間界からの手紙を勝手に開ける。
字はまったく読めないが、匂いで誰が書いた物かはもちろんわかった。

黒龍にとって、二番目に好きな者の匂いだ。
チラリとポッドを見る。さっき通りかかった躯は、飛影は明日までは起きないぜ、と黒龍の頭をぽんとたたいて行った。

そんなわけで、黒龍は人間界目指して飛んで行ったのだ。
***
この、半分妖怪で、半分人間の、主人の恋人のことが、黒龍は好きだ。

綺麗で、それでいて強い。魔物である黒龍には、相手が強いかどうかはだいたいわかる。
蔵馬はいつも美味しい物を食べさせてくれるし、魔界にはない変わった物もくれる。見たこともない場所にも連れて行ってくれる。

それに何より、主人である飛影を愛して、大切にしてくれている。

時々、夜にベッドで痛そうな声を飛影が上げるのだけは、黒龍は不審に思ってはいるが、その翌日の飛影はなぜだか大抵機嫌よくしているので、まあよしとしておこう。

尾っぽでビタンビタン窓ガラスをたたくと、笑い声とともにガラリと窓は開く。

「いらっしゃい。飛影はまたポッドの中なのかな?」

黒龍は、こっくり頷く。

「そっか、残念。ハロウィンだから、いろいろ用意してあったのになあ」

黒龍は、首を傾げる。

「人間界のね、お祭りなんだよ」

君だけでも来てくれて良かった。
オレだけじゃどうにもならないよ。食べていってね。

蔵馬は綺麗に笑って、次々にテーブルを埋めた。

ケーキや、ジュース。
パイにクッキーにチョコレート。

本当に、人間界の食べ物は不思議だ。どうしてこんなに綺麗なのだろう?
黒龍は尾っぽを激しく振って感謝感激を示し、さっそくかぶりついた。

ここに飛影がいて、一緒に食べれたらもっと良かったのに、なんて健気に思いながら。
***
だというのに。

百足に戻り、ポッドの部屋を覗くと、すでに飛影の姿はなかった。
ということは、傷が癒え、ポッドから出たということだと黒龍は喜び勇んで部屋に戻り、ベッドで眠っていた飛影を起こし、袋を渡した。

そこからだ、大騒ぎが始まったのは。
***
まさに大騒ぎ。
普段は自分の腕に巻き付いている黒龍相手に、飛影は部屋を吹き飛ばし、天井まで破壊した。

黒龍だって負けてはいない。
お土産を渡して、こんな風に怒られるいわれはない。
ボウボウと炎を吐き、盛大に応戦した。

飛影にお土産に、と蔵馬が袋いっぱいにくれた菓子は、杖キャンディと呼ばれる、大きな飴だった。
人間界からの帰り道、二三本つまんで味に満足した黒龍には、なぜ飛影が袋を開けた途端、烈火のごとく怒ったのか、理由がさっぱりわからない。

黒龍が腕に戻らないのを見て、飛影は刀を取り出した。
どうやら刀で木端微塵に切り刻むつもりらしい。

「おい、飛影…何をそんなに」

刀がキラリと光る。
まずは、どういうわけか一本だけいやに大きいキャンディに狙いを付ける。

「……?」

一際大きなそのキャンディには、リボンが結ばれている。
何か、文字が…?

時雨の手より一瞬早く、飛影の手がそれを取った。
震える手でほどいたリボンには、やはり何かが書いてあったらしい。

「あ…の…野郎…!!」

みるみる顔を真っ赤に染めた飛影に、時雨と黒龍は目を見合わせる。

「……殺す!!」

壊れたままの天井から、飛影は風のように飛び出して行ってしまい、残された一人と一匹は、目を瞬かせる。

「やれやれ。色恋沙汰は厄介なものだな」

黒龍は、首を傾げる。

「気にするな。お前の主人は想い人に会いに行っただけだ」

黒龍は、首を傾げる。

「ん?怒ってるだと?まあそうだが…あれは、照れ、というやつではないのか?」

黒龍は、キョトンと時雨を見上げる。

「そうだ。なんだかんだ言っても、人間界に行ってしまえば、狐の思うつぼだ」

黒龍は、頷く。

「だろう?飛影は機嫌よく帰ってくるであろうよ。ほれ、食うがいい」

時雨はそう言うと、床に転がる飴を二本拾い、一本を黒龍に、一本は自分の口に入れる。

「…甘いな」

時雨の言う通り、飴はベタベタに甘くて、しつこくて。

「あやつらみたいに、甘ったるいな」

時雨は苦笑し、飴をかみ砕いて飲み込んだ。
その言葉の意味は、黒龍にも、なんとなく、わかった。

黒龍は、こっくりと、深く頷いた。


...End.
2011.Halloween 10月30日・31日中限定&隠しアップでした。
リボンに何が書いてあったかは秘密(笑)
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