yellow食欲をそそる、熱されたオリーブオイルとガーリックの香り。窓の外はゆらめくような真夏の陽射しが、アスファルトを焦がしている。 二人の少女は大きな目で、壁に掲げられた手書きの黒板のメニューを見上げている。 ***
「迷うなぁ」そう言って薄く塗ったグロスで光る唇を尖らせた雪菜は、鮮やかな黄色のTシャツに白いロングスカートを合わせ、足元は黒いサンダルだ。 「迷うな」 同じように首をかしげ、黒板を見上げる飛影は白いTシャツに鮮やかな黄色のパンツ、シンプルな黒いスニーカーを履いている。 双子コーデ、しようよ。 そう言われて着た、目の覚めるような黄色のパンツは、普段黒い服ばかりを着ている飛影としてはちょっと落ち着かない。 スライスしたレモンの浮いている水は冷たく涼やかで、炎天下を歩いてきた二人は氷を鳴らして飲み干した。 「桃と生ハムとミントの冷たいパスタ…。うーん」 「想像がつかんな」 自分たちとそう歳も変わらないであろう、若いバイトが注ぎ足してくれた水のグラスを片手に、飛影は肩をすくめる。 桃と生ハム、はまだわかるが、そこにさらにミント? 「暑いけどあえてこってり系の気分なんだよね。海老と帆立のレモンクリームソース、か自家製チョリソーのアラビアータ…。どっちも美味しそうだな〜」 「なら、俺はアラビアータにするから、お前はその海老と帆立のなんとかにしたらいい」 半分ずつ食べればいいだろう、と事も無げに言い、話は済んだとばかりにドリンクやデザートの黒板に目を移した飛影を雪菜はまじまじと見つめる。 「どうした?」 「飛影って、いっつもそう」 振り向いた飛影は、きょとんとしている。 「いつも?」 「自分の食べたいもの、頼めばいいのに」 「海老と帆立のなんとかでもアラビアータでもいいぞ、俺は」 「そうじゃ、なくて」 じれったそうに言った雪菜に、短い髪を夏らしく明るく染めた店員が、お決まりですかー、と声をかける。 結局、海老と帆立のレモンクリームソースと自家製チョリソーのアラビアータを注文し、すぐに運ばれてきた色とりどりのサラダと焼きたてらしいパンを二人はつつく。 「それも食べられるとか、それも好きとかじゃなくて、自分が一番食べたいものを頼めばいいじゃない」 「どうしたんだ、今日は」 こうしたひと時に何を頼むかなど飛影にとっては大して重要なことではない。大抵の場合はこうして雪菜の好きな物を二つ頼むのだからいまさらだ。 飛影は不思議そうにサラダのラディッシュをしゃりっと噛む。 「服だって」 「服?」 「私が着てって言ったら、黒い服以外も着るし」 「お前が双子コーデがしたいって言ったんだろう?自分で用意しておいて、おかしなやつだな」 飛影は肩をすくめ、あたたかいパンをちぎる。 冷たいサラダもあたたかいパンも、いい味だ。どうやらこの店は当たりらしい。 「…何を着るかも何を食うかも、大したことじゃない。お前が喜ぶ方でいい」 「ふーん、じゃあ」 美しい少女だけに許される、意地の悪さを含んだ輝きが雪菜の目に宿る。 「蔵馬さんをちょうだい、って言ったら譲ってくれるの?」 ちぎったパンを口に入れるところだった手がぴたりと止まる。 形のいい唇が、薄く開いている。 「…嘘だよ」 飛影の目を横切った光に、雪菜はたちまちつまらない冗談を後悔する。 怒りでも冷笑でもない、傷ついた暗い光に。 「ごめん。でも嘘に決まってるでしょ。まったくもう」 「…そうだな」 お待たせしましたー、と置かれた二つの大皿の湯気が、二人の間にふわりと香る。 自分の皿から、一番大きな海老を雪菜はひょいとフォークで刺し、手元のパンを食べることを忘れている口もとに差し出す。 「あーん」 ふいに瞬くと、飛影は口で受け取る。 甘くむっちりとした身が、小さな口の中で弾けた。 「美味しい?」 「ああ。美味い」 ふう、とため息をつき、飛影にフォークを手渡すと、雪菜は自分もパスタを口にする。 「私、面食いじゃないし」 「そうだな」 「そういう意味で蔵馬さんのこと好きなわけないし」 「そうだな」 「絶対にそんなわけないってわかってても、びっくりしちゃうんだ?」 「別に、驚いたわけじゃ…」 ようやく、飛影は自分の皿に手をつける。 「でもさ」 「なんだ?」 レモン色のソースをたっぷり絡めたパスタを巻き取り、雪菜はいたずらっぽく笑う。 「…私の願いをなんでも聞いてくれる飛影なのに、蔵馬さんはくれないんだ?」 パスタを頬張ったところだった飛影の頬が赤く染まったのは、いかにも辛そうなアラビアータのせいではなさそうだ。 「…欲しいなら、熨斗つけてくれてやる」 「よく言う。絶対くれないくせに。それにさ」 それにさ、蔵馬さんこそ飛影しか見てないもんね。ちょっと狂ってるくらい飛影のこと好きだよね、あの人。 なんなの?一目惚れとか運命とかってほんとにあるの?前世からの因縁でもあるのかな? あっけらかんとそこまで言うと、こうかんー、と雪菜は皿を勝手に替えてしまう。 アラビアータの皿を前に、何かを決心するように、ふう、とひと息ついた雪菜が、真っ直ぐに顔を上げる。 「…飛影が私の幸せを願ってくれてるのと同じくらい、私も飛影の幸せを願ってるってこと、忘れないでね」 夏の陽射しのように強く輝くその言葉に、本格的に赤くなった頬で、飛影は小さく頷く。 熱い頬を冷やすかのように、レモンの浮いたグラスを当て、窓の外を眺める。 うんざりするほど暑いというのに、今日もこの街には人があふれている。 どこから来てどこへ行くのか、人の群れは途絶えることがない。 こんなにたくさんの人の中から、見つけて見つけられたのは幸運なんかじゃない。 多分、出会う運命だったのだ。 その思いが、アスファルトを焼く陽射しのように胸を焦がす。 「…なら、今日のデザートは俺が両方決めるからな」 まるで何かを宣言するように、小さく笑って飛影は言った。 |