水着

「今年の夏は、今年の水着!買い物行こう!」

毎年同じことを言う妹に、姉はやれやれとため息をつく。

季節はもう初夏だ。
夜だというのに汗ばむような暑さに、この家は早くもクーラーをつけている。
弱く冷房の効いた室内で、妹はさらに扇風機を抱え込み、姉は薄いタオルケットをひざ掛けに、ソファに並んで座っている。

あたたかいミルクティーのマグカップを両手で包む姉と、アイスティーの氷をかじる妹と。今夜の茶菓子は箱に整然と並んだ、いかにも高級そうなチョコレートだ。

二人の向かいに座る蔵馬は、笑いながら本から顔を上げる。

「水着?俺も一緒に行っていい?」
「いーよ。お店、次の休みいつ?」

夫と妹の会話に、飛影はしかめっ面をした。

「俺は行かん」
「なんでー?」

高校生の時に、妹にだまされ赤いビキニの水着を買わされたことを、この姉はまだ憶えているのだ。
一回着たきりの水着は、クローゼットの奥底に眠っている。

「まだあのこと怒ってるのー?」
「当たり前だろ」
「だって水着はやっぱりビキニじゃないと。ね?蔵馬さんもそう思うでしょ?」

カップとグラスに紅茶を注ぎ足した蔵馬は、うーん、と首を傾げる。

「俺はビキニじゃない方がいいと思うけど」
「えー?ワンピース派なの?それとも貧乳はワンピース着てろってこと?ひどい男ねー」
「雪菜!」

ミニスカートからむき出しの雪菜の足を、飛影はバシッと叩く。

「いたーい!いいじゃない。貧乳には貧乳のエロスがあるって言ってたよ」
「誰がだ!?」
「ひみつー」
「だいたい誰が貧乳だ!」
「うそうそ。貧しくないよ。飛影のおっぱいはかわいい。そうでしょ蔵馬さん?」
「雪菜!!!!」

双子の言い合いに、蔵馬は笑い続けている。

「蔵馬!何がおかしい!?」
「ごめんごめん」

目尻の涙をぬぐい、蔵馬はナッツクリームの入ったチョコレートを一粒つまみ、身を乗り出し、何かを言いかけて開いていた飛影の口に押し込む。

「ビキニの水着もかわいいけどさ、飛影はなんだっけ、ワンピース?そっちにしてよ」

チョコレートを頬張ったまま、飛影はぱちっと大きく瞬きをする。
小さな口がチョコレートを咀嚼し、無言で飲み込む。

「それって、ワンピースが似合うってことでしょ?」

行儀悪く、アイスティーから指で氷を取り出し口に入れ、明るく雪菜は言う。
飛影の赤い瞳に、ほんの少しだけ傷ついたような光が横切ったことを、雪菜はもちろん気付いた。

「だって、ビキニって下着と面積同じじゃない」

そう言いながら、蔵馬はめずらしく自分もチョコレートを口にする。
マグカップに視線を落とした飛影を見つめ、蔵馬は続ける。

「そんなの、他の男には見せたくないもん。俺だけに見せてよ」

チョコレートを紅茶で流し込んだ蔵馬は、そこでようやく姉妹の沈黙に気付く。
妹は半目に、姉は真っ赤になっていることにも、気付く。

「バカ!!!!」
「さむーい!!!!」

同時に叫ばれ、きょとんとした蔵馬に、双子は同時にクッションを投げつけた。

見とれるような、それはそれは見事にシンメトリーな動きで。


...End