夏風邪

「夏風邪はバカが引く、って言うじゃない?」
「誰がバカだ!お前らが二人してアホみたいにクーラー入れるからだろうが!」
「うっるさいなあ。寝てないと風邪が悪化するわよ」

タオルケットにくるまってゲホゲホ言っている姉をシッシッと追い払い、妹は迷惑そうに溜め息をついた。

極度の暑がりが二人、極度の寒がりが一人。
三人家族のこの家では、多数決では常に姉が負けるのだ。
おかげで真夏だというのにこの家はキンキンに冷えている。

「ママ明日まで帰ってこないしなあ。何か作ってあげようか?」
「…お前の作ったもんなんか食えるか」
「失礼な。お粥ぐらい作れるわよ。お米と水入れて煮ればいんでしょー?」

そう言って妹はキッチンに立ったはいいが、お米ってどこにあるんだっけ?などと首を傾げている。

「ねえ、飛影。お米ってお粥にする時も洗うんだっけ?」
「…いらん」
「てゆうか水どのくらい入れるのー?」
「いらんと言っただろうが!」
「あ!ケチャップと卵入れたらオムライスみたいな味で美味しそうじゃない?」
「………」

バタッとソファにダウンした姉を横目で見ると、雪菜は携帯をパチッと開いた。
***
「おそーい!」
「えー?これでもすぐ来たのにな」
「十五分もかかってるじゃない。まあいいわ。泊まってってね。あとよろしく」
「雪菜ちゃんは?お泊まり?」
「ヤボなこと聞かないで。ママ明日まで出張だから遠慮しないでね。じゃあねー」

世話を押し付けといて、遠慮しないでも何もないだろうに。
朦朧としながら飛影は内心、呆れる。
熱のせいかその会話はぼわぼわと遠く聞こえる。

リモコンの電子音に続いて、家中の窓を開ける音がした。
冷たい空気はなすすべもなく、真夏の外気に取って代わられる。

ここのところ、三十五度を超すような猛暑が続いている。
クーラーの消された真昼の家の中は、あっという間に堪え難いような熱さになってきた。
もっとも、飛影にはこれが快適温度なのだが。

「……蔵馬」
「すごいねこの家。冷蔵庫の中みたい」

蔵馬はそう言って笑うと、勝手知ったるキッチンに行き、冷凍庫から出したご飯を電子レンジに放りこみ、卵を割る。
セミは声を限りに鳴いていて、窓の外にはいかにも夏休みらしい入道雲が見えた。

「…蔵馬、お前暑くないのか?」
「暑いに決まってるじゃない。今日何度あると思ってるの?」

確かに部屋は蒸し暑く、鍋を火にかけて戻ってきた蔵馬は、すでに汗を浮かべている。
だが、その顔はやさしく笑っていた。

「なら、帰れ。…いるならクーラーつけていいぞ」
「いいよ。大丈夫。飛影の体の方が大事だから」
「…そういう…そういうことを、よくまあぬけぬけと…恥ずかしくないのか?」

顔が熱いのは、風邪のせいだけではない。

「全然。お粥煮えたかな?」

キッチンを見に行った蔵馬が、鍋と茶碗を持ってくる。

「どうぞ」
「……ぁ…」

口にしかけた言葉が、ごにゃごにゃと消える。

ありがとう、と言うべきだ。
飛影にだってそのくらいわかっている。

なのに、蔵馬を相手にしていると、なぜかその一言を言うことができない。
結局、作ってもらった粥を黙々と口に運ぶ。
せめて、美味しいとか、何か言うべきなのに。

「……わざわざ…悪かったな」

飛影としては、精一杯の、礼のつもりだった。
余った粥を食べていた蔵馬は、にこっと笑う。

その笑みに、思わず飛影は蔵馬の方へ寄りかかろうと…

「気にしないで。良くなったら体で返してもらうから!」

飛影は再び、バタッとソファにダウンする。
ちょっと、冗談だよ!という蔵馬の言葉は、もはや飛影には聞こえていなかった。