snowman

前世は雪女だったのかも。

五センチにも満たない積雪では、雪玉を転がすことなどできない。
溶け始めていない白い部分だけを器用に手のひらにすくい上げ、おにぎりでも握るようにして楽しそうに丸めていく妻を眺め、蔵馬はそんなことを考える。

花屋の朝は早い。
まだ人に踏み荒らされていない歩道は白く覆われ、見慣れた街並みも白をまとい、新鮮に映る。

蔵馬の握りこぶし大ほどの大きさの雪玉に、飛影の握りこぶしほどの大きさの雪玉が乗る。店の木々から摘んできた実と枝を差し、店の玄関にちょこんと座らせた雪だるま。白い頬を赤くし、飛影は満足そうにしている。

本当に、飛影は雪が好きだ。

「遅刻しない?大丈夫?」
「どうせ電車なんか動いてないだろ」

めずらしく学校に遅刻する気でいるらしい飛影に、蔵馬は苦笑する。
こんな日は休みだと決め込んで、ベッドでまだぬくぬくとしているであろう妹の雪菜とは異なり、飛影は案外真面目に学校に行くのだ。

二人で店の中に戻り、蔵馬は沸かした牛乳に茶葉を入れ、熱いミルクティーを作る。

手袋もなく雪を触っていた飛影の手は真っ赤だ。
紅茶を待ちながら、寒そうにこすり合わせ息を吹きかけている飛影の手を、蔵馬は大きな手でつかむ。

「寒がりなのに。まったくもう」
「ほっとけ」

あたためるように包みこみ、冷気を除くかのように優しく撫でさする。
ふいに顔を近づけ、指先にキスを落とすと、びっくりしたかのように手がサッと引かれる。

「な、何やってんだバカ」
「いいじゃない。何照れてんの」

いつまでたっても照れ屋の妻がおかしくて可愛くて、蔵馬は笑いながらマグカップにミルクティーを注ぐ。
お客に出す繊細なティーカップではなく、二人のお気に入りの厚手で大きなマグカップ。

もうじき街はいつものように騒めきだし、交通網の麻痺した散々な一日が始めるのだろう。
けれど今は、花々の静かな呼吸と、雪に覆われた街の静寂と、甘く熱く立ち上る湯気だけがある。

「行ってくる」

空にしたマグカップを置くと、飛影はブーツを履いた両足でぴょこっと椅子から立ち上がり、キスをねだる蔵馬をいつも通り無視した。

「気をつけて。転ばないでね」
「馬鹿にしてるのか?」

飛影は鼻で笑い、ドアを開ける。
小さな鈴が、リン、と鳴った。

「蔵馬」
「ん?」

小柄な妻のためにドアを支えていた蔵馬の手に、吸い寄せられるように小さな唇が近づく。
真冬の花屋の仕事にすっかり荒れた、あかぎれだらけのその指に。

やわらかく、あたたかい。ほのかに湿ったその感触。

「行ってくる」

恥ずかしそうに蔵馬から目をそらし、あっという間に駆けていってしまう後ろ姿に、蔵馬の幸福なため息は白い。
冷たい雪を跳ねる飛影は、もう見えなくなってしまった。

「さてと、お前は冷凍庫で飛影を待とうね」

そっと持ち上げた、早くも溶け始めている雪だるまは、どこか笑っているように見えた。


...End