「海〜?」
「ああ。来週の土曜日に」

蔵馬が、三人で行こう、って。
姉のその言葉に、妹はニヤッと笑って読んでいた雑誌を閉じた。

「三人で?ほんとに蔵馬さんがそう言ったの?」
「…海に行こうって言うから、雪菜も一緒でいいかって聞いたら、もちろんって」
「はあ?なにそれ」

暇じゃないのよ、私。飛影のデートになんか付き合ってらんないわよ。

「でも…」
「やーよ。蔵馬さんは飛影と二人で行きたいのよ。そりゃ一緒でいいかって聞かれればいいって言うに決まってるでしょ。小学生じゃあるまいし、なんで一緒に行かなきゃなの?」
「三人の方が楽しいだろ?」
「……なんでこの私が、オマケのポジションに立たなきゃなわけ?バッカバカしい」

第一、来週の土曜日はもう予定があるの。
この話は終わったとばかりに、雪菜はそう言うと雑誌を再び開く。

「雪菜…」
「……」
「…ゆき…」
「あーもう、はいはい」

困ったように自分を見つめる姉に、雪菜は盛大にため息をつく。

「わかったわよ。キャンセルしてそっちに行けばいいんでしょ?」

セックスしてるくせに水着が恥ずかしいとか、わけわかんないんだから、飛影。

「セックスとか言うな!!」
「しー!ママに聞こえたらどうすんのよ」
「お前が変なこと言うから…それに、べ、別に水着がどうとかじゃ…」
「あっそ。じゃあ行かない。いいの?」
「…よくない」

ああ、世話のやける。
頬を赤くする飛影は、我が姉ながらカワイイが。

雪菜はふと自分の読んでいた雑誌の、水着特集に目を留める。

「…水着買って」
「水着?」

これー、と雪菜は雑誌に載っている、白地に水色とピンクと黒の花柄の、ホルタービキニを指す。

「買ってやったら、一緒に来るのか?」
「うん。飛影も水着買おうよ」
「俺はいい。去年のがあるから」
「あのスクール水着みたいなやつ〜?冗談よしてよ」

だいたいね、水着ってのは毎年買うもんなの!
今年の夏は、今年の水着!

「よし!明日買い物行こう!」

目を輝かせる妹に、姉はほっとしたように頷いた。
***
「だーかーら!なんなのそれ!」
「いいんだこれで!」

飾り気のないワンピース型の、しかも黒。

「競泳用じゃないんだから。だいたい、去年のとどう違うのよ?」
「…色。去年は紺だった」

もー。じゃあこれは?
せめてこんな感じにしたら?

黒と白のボーダーのビキニ。
カバーアップとスカートも付いているため、洋服のように着る事もできる。

「…派手じゃないか?」
「どこが。じゃあこれに決定ね」

これ以上ごねて、やっぱり行かないなどと言われては元も子もないので、飛影は財布から一万円札を三枚出して渡す。買い物好きの妹と違って、あまり使う物のない姉はわりとお金を持っている。

「じゃあ、あたし買ってくるから、飛影、先に並んでて」

並んでて、というのは、姉妹がこの近くに買い物に来た時には必ず立ち寄る、このビルの地下にあるジェラート屋。
人気の店なのでいつも行列が絶えないが、暑いシーズンの今はなおさらだ。

飛影は素直に水着とお金を妹に渡し、地下に向かった。
***
「……!!」

海の家の更衣室で、飛影はへなへなと座り込んだ。
手には、真っ赤なビキニの水着。

家でちゃんと試着もせず、当日の今日まで袋を開けもしなかった自分を呪う。

「…雪菜っ!!」
「なあに?着替え終わった?」
「終わるも何もあるか!お前ー!」
「いいじゃない。きっと似合うわよ」
「き、着れるかこんなもの!」
「お店の人も、レトロでキュートでお姉さんに似合いますよ、って」
「バカー!!」

赤いビキニは、白い水玉模様で、なかなかかわいらしいデザインだ。
カバーアップは、もちろんない。

「あ、蔵馬さんが来た。あたし先行くねー」
「ちょ、待て、雪菜!」

わー、雪菜ちゃん綺麗だね、などという蔵馬の声が聞こえる。

「ところで飛影は?」
「着替え中。もうすぐ来るよ」

あたし浮き輪借りてこよーっと。
蔵馬さん、飛影を連れて来てね。

コンコン、とドアがノックされる。

ど、どうする…?

生理になったとか…?
いや、だめだ。
蔵馬は、この恥ずかしい男は、飛影の月経周期を、本人よりもちゃんと記憶している。

…なにせ、自分の部屋のカレンダーに書いているくらいだ。

コンコン。

「飛影、着替え終わった?」

……どうしよう。
手に持ったビキニを見下ろし、飛影は途方に暮れた。