黒いパジャマと扇風機

夏の暑い風がパリッと乾かしたシーツが心地よいベッドに寝転がり、読みかけの本を片手に、強にした扇風機の風に蔵馬は目を細める。
六畳ほどの広さの寝室には大きな窓があり、今夜も網戸だけにして開け放ってはいるがその風はぬるい。

よく一緒にいれるね。絶対耐えられないよ。
暑さを苦手とする義理の妹こと雪菜はそうぼやいたが、蔵馬としては選択の余地もない。

あれは夏の気配を感じた五月のこと。
愛しの妻こと飛影はあっさりと、夏の間は別の部屋で寝るか?と蔵馬に言ったのだ。夕食の味噌汁の味見をしながら。

「………は?どういうこと?」
「俺はクーラーをつけないから、暑いぞ」

グリルで香ばしい匂いをさせている、西京漬けにした赤魚を菜箸でひっくり返し、フライパンで湯気を立てているきのこのソテーを大皿にあけ、水を切ったほうれん草を小鉢に盛り、冷やしておいた出し汁をかける。

「あり得ないよ」
「あり得ない?」

飛影の差し出すしゃもじを受け取り、炊き上がったご飯をさっくりひと混ぜし、蔵馬はほうれん草の小鉢を受け取る。

「そう言われてもな。俺はクーラーが苦手だ」
「いや、そうじゃなくて。クーラーをつけないのがあり得ないんじゃなくて、一緒の部屋で寝ないっていうのが」

ほうれん草にかける糸かつおのパックを渡しながら、飛影は首を傾げた。

「じゃあ、一緒の部屋で寝るんだな、夏も」
「当然でしょうが」
「暑くてもいいのか?」
「いい。受け入れます」

おかしなやつだな、と笑いながらも、どこかほっとしたような飛影の表情に、蔵馬もまた微笑んだ。
***
それはそれとして、七月の今、なかなかに暑い。
ほとんど水のようなシャワーを浴び、パジャマがわりの着古したTシャツとハーフパンツという格好で、ぼんやりとページをめくる。

小さな音を立てて開いたドアに振りむいた蔵馬は、ぽかんと口を開け、無意識のまま起き上がり、本を床に置く。

「…飛影」
「なんだ?」

冷たい麦茶のグラスを両手にひとつずつ持った飛影は、寝室の小さなテーブルにひとつ置き、ひとつを美味しそうに半分ほど飲む。

飛影の手には少し大きい、シンプルでどっしりとしたグラスは表面に無数の水滴をつけている。

蔵馬はごくりと唾を飲んだが、それはいかにも冷たそうな麦茶にではない。

見たことのないパジャマを、飛影は着ていた。

黒一色ですとんとした、長いTシャツのようでもある。
生地は木綿で、ネグリジェという艶めかしい響きは似合わないごくあっさりとした物だ。

「それ…」
「これか?雪菜が買ってきたんだ。色違いで」

指先で生地をつまみ、飛影はもうひとくち麦茶を飲む。
質の良さそうな木綿の生地はひざ下まであり、白く真っ直ぐなすねと締まった足首、小さな足がのぞいている。

ただ黒一色で飾りも柄もなく、木綿のわりにやわらかそうな生地が体のラインをゆるく見せる。

それはまるで、ワンピースだ。

「…なんか」
「変か?」

普段スカートを履くことはない飛影だが、雪菜が買ってきてくれた物だし、着心地もいい。

ズボンがないぶん涼しくて夏にはぴったりのパジャマだと思ったのに、凝視としか言いようがない蔵馬の視線に思わずぎゅっと生地を握る。

「変じゃないよ。なんか、すごく…」

らしくもなく、蔵馬は口ごもる。

「…すごく、好きだなって」

そう言いながら、手を伸ばし、飛影を抱き寄せる。

「好きって……ん」

ベッドに座らせ足の間に挟むようにし、背中から抱きしめる。
黒い生地からのびやかに突き出す、飛影の白い首筋に蔵馬は吸い付くように唇を落とす。
強のままの扇風機に、二人の洗いたての髪が乱される。

「おい…蔵馬。風呂に入った意味がなくなるだろうが」

背中から抱きしめられている飛影の腰のあたり、正確には尻のあたりにあたるものがある。
首筋から耳の後ろへと上り始めている唇に、飛影はとろりと甘いため息をつく。

「……雪菜が帰ってくるまでなら、いいぞ」

自分の尻にあたる硬く熱いものに、頬を赤らめた飛影がぼそりと言う。
うん、と屈託なく笑った蔵馬の手がするりと裾からもぐりこみ、控えめな二つのふくらみをゆっくりと揉み始めた。

扇風機の頑張りもむなしく熱い汗をかき始めている二人は、夏の夜に飛び込んだ。