one's one and only...2「…なんだ、それ…?」二人の待ち合わせは、大抵いつも、バス停のすぐ側の大きな本屋だ。 今日は一緒に夕食の買い物をし、蔵馬の家に泊まってクリスマスを過ごす予定だった。 いつも通り先に着いて待っていた蔵馬は、大きなカバンを抱えた上で、スーツケースまで持っていた。 海外旅行にでも行くのか?と聞きたくなるような大荷物だ。 「出かけようよ」 今日は、泊まっていってくれるって言ってたでしょ? 「そうだが…お前んちに泊まるのに、なんでそんな荷物…」 「行こう。新幹線に遅れちゃう」 「新幹線!?」 大きな赤い目が丸くなる。 飛影が持っているのは、着替えの入ったカバンと、蔵馬へのプレゼントが入っているとおぼしき、手に提げた紙袋だけだ。 蔵馬の家にパジャマや歯ブラシは置いてあるので、最低限のお泊まりセットしか飛影は持ってない。 「どこへ…?」 「どこでしょう?」 「お、おいっ…」 「ほんとに急がなきゃなんだ」 新幹線の中で説明するから、と、にこっと笑う蔵馬に飛影は腕を引かれ、二人は足早に歩き出した。 ***
「…良かったあ」たったの二両でゴトゴト走るローカル線の窓の外を眺め、蔵馬は心底ホッとした顔をした。 新幹線の中で説明する、と言ったはいいが、午前中に乗った新幹線は満席もいいところで、一つだけ取れていた指定席に飛影を座らせ、蔵馬は離れた通路にずっと立っていた。会話を交わすどころではなく、乗り換えた鈍行列車の中で、ようやく一緒に座れたのだ。 飛影は無言のまま、窓の外の景色を見つめている。 蔵馬を無視しているわけではない。ただ、見える風景に釘付けになっているだけだ。 銀世界。 本当に、何もない。 元は田んぼなのか畑なのかはわからないが、見事なまでに何もない田舎町は、一面の雪に覆われ、すぐそこから遠くの山まで、白一色に輝いている。 それでもまだ足りないとでもいうのか、空からは細かな粒が途切れることなく降り続く。 「…何が、良かったんだ?」 「雪があって。だって、雪が降ってなかったら、マヌケじゃない?」 こんな遠くまで連れてきちゃってさ。 天気ばっかりは予約もできないしね。 「…俺に、雪を見せたかったのか?」 「うん。クリスマスプレゼントに」 長い髪を揺らし、嬉しそうに蔵馬は頷く。 飛影は氷菜に買ってもらったばかりの、モコモコした暖かそうなコートを着ていたが、雪国のここでは、それだけでは寒い。 蔵馬はカバンから取り出した長いマフラーを飛影の首にぐるぐると巻き、手袋を渡し、ホッカイロをポケットに入れてやる。 準備が整ったのに合わせるかのように、電車は小さな駅に止まった。 ***
自分の彼女が饒舌でなくとも、何を考えてるかわからないなどということはない。真っ赤な大きな瞳は寒さに潤んではいたが、明らかに喜びの色をたたえていた。 小さな駅の、小さな駅舎。 大きなガスストーブの置かれた待合室を出ると、白い足元はさくりと二人のブーツを包んだ。 駅の周りは除雪されてはいるのだが、降り続く雪はあっという間に何もかもを白く染めてしまう。 「……真っ白だな」 まだ三時過ぎだというのに、今日の最後の便だというバスは、二人を更に何もない場所へと運んで行く。 いや、正確には何かがあるのかもしれないが、降り積もった雪は何もかもを覆い隠し、道路の木々を天然のクリスマスツリーに変えていた。 バス停からは見える場所に看板がある。辺鄙な場所だが、迷う心配はないさ。 ヨウコはそう言っていた。 「…なんで、俺のためにわざわざコネを使って、宿取ってくれるわけ?」 疑心に満ちた義弟の声に、兄は笑った。 「別に。かわいい弟とその彼女のためさ」 「…何、企んでるの?」 「企んでる?疑い深いやつだなあ。まあ、強いて言えば詫びだな」 「詫び?猥褻行為の?」 「診療行為だろ。俺は悪くないぞ。お前の彼女だなんて知らなかったんだし。でもまあ飛影には悪かったよ」 あんなに真っ赤になって怒るなんてさ。かわいいったらないな。 だから、宿を取ってやるくらいなんてことないさ。 支払いはお前だしな。 じゃあまたな、そう言って兄は電話を切った。 スマートに、あっさりと。 見かけだけではない。 …多分、こういう所もモテるのだろう。 似てないよ、と蔵馬は呟き、携帯を置いた。 ***
片栗粉を敷き詰めて、その上を歩いたらこんな感じなんじゃないかな?飛影と手を繋ぎ、雪道を歩きながらそんなことを蔵馬は考える。 一歩進むごとに足下はギュ、と不思議な音を立てる。 言われた通り、バス停から見える場所に看板があり、宿は洋風の造りで、こんなに田舎なのに思いがけず立派だった。 手袋をしていても小さい飛影の手を握り、除雪した雪で高い壁のできた細い道を歩く。 飛影は人のいる場所ではあまり手を繋がせてはくれないが、知り合いもいない、人もろくに見かけないこの場所では、素直にされるがままになっている。 大きな目をきょろきょろさせ、厚く高い雪の壁や、雪で白くなった常緑樹、小道の先に見える、これまた雪に覆われたアンティークな洋館を見つめる。 もう10メートルも歩けば玄関に着く、といった所で、飛影が蔵馬の手を握ったまま、立ち止まった。 「どうしたの?」 「…お前、先に行ってろ」 どうして?と驚く蔵馬に、飛影は頬を薄く染める。 黙ったまま、蔵馬の手を引っ張った。 普段は畑か何からしい宿の周辺は、雪かきをしてあったが、降り続く雪が飛影の膝の辺りまでになっていた。 その雪を見下ろし、飛影は、蔵馬の手を握ったまま、両腕を広げてばたりと雪に倒れ込んだ。 「わ…」 二人揃って、雪の中に倒れ込む。 やわらかな雪は二人を難なく受け止め、冷たく包み込んだ。 粉雪が、舞い上がる。 「ちょ…っ、飛影!大丈夫?」 「……一度やってみたかった」 ぷは、と雪から顔を上げ、ちょっと恥ずかしそうに口を尖らす、飛影。 その表情に、その唇に、蔵馬がどれほど胸を高鳴らせたか、飛影は気付いていない。 ガバッと起き上がった飛影は、ぶるぶると頭を振り、雪を払う。 同じように起き上がった蔵馬と、二人分の人型が雪に残される。 一つは大きく、一つは小さい。 「風邪引いちゃうよ」 その人型を満足そうに眺める飛影の腕を取り、蔵馬は宿のチャイムを鳴らした。 …まったく、嫌になるくらい、飛影はかわいい。 普段まるっきり無愛想な分、時折見せる表情に、感情に、蔵馬はやられっ放しだ。 ***
まあまあ寒かったでしょう、まずはコーヒーでもどうぞ。高級なペンションといった佇まいの洋館で迎えてくれたのは、ふっくらと丸い、初老の夫婦だった。 「雪を見に?若いのにめずらしいわねえ、こんな何もない所に」 「うちはスキー場も遠いしね。若いお客さんは少ないんだよ」 コーヒーは自慢じゃないけど美味いよ、と言う夫の方がコーヒーを淹れ、妻の方がクリスマスらしく、シュトーレンを出してくれた。 人見知り、というか無口な飛影は、黙ってそれをつまんでいた。 大人しいお嬢さんね、という妻の言葉にも無言のままだ。 「よし、と。君たちがコーヒー飲んでる間に、暖炉を準備してくるよ」 その言葉に、飛影がパッと顔を上げた。 「…暖炉?」 「そうだよ。今火を点けてくるからね」 「……見ててもいいか?」 「もちろん。どうぞどうぞ」 ヒゲのせいもあってサンタクロースを彷彿とさせる夫の後に、飛影と蔵馬も続いた。 ***
小さな暖炉は、すでに薪が組まれている。新聞紙から小さな枝へ、小さな枝から大きな薪へと、めらめらと炎が燃え上がる様子を、飛影は目を輝かして見ている。 正しいから、いい。 飛影はよくそう言っては、蔵馬の家の石油ストーブを、褒める。 双子の住む一軒家は、防犯防火に神経質な氷菜の方針で、暖房器具はエアコンしかないのだ。 電気で作った風は嫌いだ。 火が見えて、暖かい。 それが正しい暖かさだ、と飛影は言う。 冷え性のくせにおかしな言い分だと、雪菜はよく笑っていた。 ブーツを脱ぎ捨て、暖炉の前のラグに座り込み、嬉しそうに炎を眺める飛影。 その飛影を眺める蔵馬もまた、嬉しそうに微笑んでいた。 そんな二人に宿の主人は笑いかけ、じゃあ、夕食は七時だからね、ごゆっくり。と部屋を後にした。 ***
口の肥えたヨウコの評価では“まあまあ”だという夕食は、二人にとってはとても美味しい夕食だった。もっとも、夕食までの時間、雪だるまを作ってみたり、拾った枯れ枝で絵を描いてみたり、主人から借りた虫眼鏡で雪の結晶を眺めたりして楽しんだ二人はすっかり空腹で、何を食べても美味しく感じただろうが。 広間には何組かの客が、同じように暖かな暖炉の炎とテーブルに置かれたランプの灯りの中で、食事を楽しんでいた。 カブを使った、まろやかに白いスープ。 ジャガイモやカボチャにクリームチーズのドレッシングをかけたホットサラダ。 生ハムを乗せたブルスケッタ、地元で獲れる川魚の香草焼き。 とろけるように煮込んだタンシチュー、自家製のトマトソースで作ったという、ニョッキ。 すごく美味しい、だの、どうやって作るんですか、だの、無愛想な連れの分まで埋め合わせるように愛想良く言葉を交わす蔵馬と向かい合った席で、母親の出世とともに料理を任されるようになった飛影は、無口ながらも一つ一つ興味深そうに味わっている。 フォークやスプーンに、リップクリームしか塗られていない、ピンク色の唇が触れる。 大きな目と対称的に小さな口が、料理を咀嚼する。 一口飲み込む度に小さく動く白い喉から、蔵馬は目が反らせない。 「…なんだ?」 自分をじっと見つめる蔵馬に、飛影が不思議そうに見つめ返す。 電気ではない、暖炉やランプの自然な明かりは、赤い瞳を濃い赤ワインのような色に染める。 「…雪も、暖炉も、飛影も全部」 全部、綺麗だなーって、見てたんだよ。 蔵馬の言葉に、バカかお前、と、飛影は赤くなって毒づく。 いつも通りの毒舌さえも、雪に包まれたこの場所ではやわらかく感じられるのはなぜだろう? ***
デザートは部屋で食べることにし、クッキーやフルーツケーキの乗った、古風な銀色の盆を蔵馬は受け取った。部屋で二人きりになった途端、飛影はホッとした顔をする。 見知らぬ他人と一緒にいることが苦手なのだ。 一緒に入る?とからかう蔵馬を殴り、先にシャワーも浴び終わり、蔵馬の持ってきていたパジャマに着替えた飛影は、暖炉の前の特等席を陣取った。 暖炉の中で踊る炎を、飽きることなく見つめるその肩に、ふわりと毛布がかけられる。 「……?」 馴染んだ感触に、飛影が目を丸くする。 その毛布は、蔵馬の家にある、飛影のお気に入りの毛布だ。 「こんな物、持ってきたのか…?」 どうりで荷物が多いわけだ。 何を考えているんだか。 「おい…?まだ何か持ってきたのか…?」 空けられたトランクからは、次々といろんな物が飛び出して、飛影を驚かせる。 ルフナの紅茶の缶。 グラニュー糖の小さな袋。 お気に入りのカップ。 輪切りのオランジェット。 フリースの分厚い靴下。 やわらかい湯たんぽ。 どれもこれも、物欲のない飛影の、少ないお気に入りの物だ。 「……」 「お湯と牛乳はさっき貰ってきたんだ。紅茶淹れるね」 「……」 「フルーツケーキも食べようよ」 「……おい、蔵馬」 飛影はちょっと困った顔をする。 「なんで…こんな物持ってきたんだ?」 「だって、飛影の好きな物、全部揃えたかったんだ」 無邪気に笑ってそう言われ、飛影はますます困った顔をする。 「変なやつだな…俺は、たいした物は持ってきてないぞ?」 そう言いながら飛影が差し出した紙袋の中身は、キーケースとニットの帽子だ。 雪菜と一緒に散々迷って選んだ買ったそれは、どちらも蔵馬に似合いそうな、赤と黒を基調とした物だった。 「手編み?」 「そんなわけあるか」 「冗談冗談。すっごく嬉しいよ」 早速帽子をかぶって、似合う?と尋ねる、心底嬉しそうな蔵馬の笑顔から、飛影は目が離せない。 ふわふわしたパジャマを着た腕を、そっと蔵馬の首に回す。 「……」 「…飛影」 唇が、重なる。 熱いシャワーと、暖炉の熱とで暖められた飛影の体は、いつになく温かい。 飛影のかけていた毛布をラグの上に広げ、二人は倒れ込むように横たわった。 ***
飛影はいつも、真っ暗な部屋でなければ服を脱がない。けれど暖炉の火は飛影の警戒心を解き、あたたかく柔らかく、白い体をオレンジ色に染める。 「ん……」 ピンクのキャミソールとブラはすでに脱がされ、身に纏うのはこれまたピンクの、綿のパンツだけだ。 下着は全てシンプルながら、目立たない細いレースで縁取られていた。 「…これ…雪菜ちゃんからの、プレゼント?」 「な…んで…わかる…?」 「…わかるよ」 クスクス笑う蔵馬を、潤み始めた赤い瞳が睨め付ける。 「…変態…っ」 首筋から鎖骨を伝っていた唇が、なだらかな胸の膨らみの、頂上を捕らえた。 「……っ」 飛影はいつも、声を出さない。 まるで、声を上げるのは恥だとでも言うように。 でも… ギリギリまで耐えて、耐えきれずに漏れてしまう声の方が、ずっとずっと扇情的なのに。 ちょっと意地の悪い笑みを浮かべ、蔵馬はコリコリと硬くなってきたそこを、軽く噛む。 「……っぁ!」 飛影が自分の胸元に気を取られている間に、蔵馬の右手は一枚だけ残った下着に這わされる。 下着の上から、最初は手の平全体で揉むようにして、そこを触る。 「……!!」 「…膨らんできた、ね…」 女の子も、興奮するとここがゆるやかに膨らみをみせことを、蔵馬はもうよく知っている。 熱く湿った感触が手の平に伝わり、蔵馬は思わず喉を鳴らす。 「……ん、っふ」 今度は指先で、クリトリスを強く擦ってやる。布越しに擦られ、硬くなる、そこ。 みるみるうちに飛影の呼吸は荒くなり、股間はとろとろと液を染み出させる。 やがて見ても分かるほどに、下着にははっきりと染みが浮き出す。 「は、ぁ……」 「声、聞かせて…?」 「………っ」 意地っ張りな所もまた、可愛い。 下着は穿かせたまま、横から指を差し入れ、ぬるぬるしている下着の中を探る。 「…やめ…っ」 「ぬるぬるしてるけど…?気持ちいいんでしょ?」 小さく唇を噛んで飛影が俯いた途端、下着の中にはまた液体がトロリと流れた。 「意地っ張りなんだから…」 「ん!あっ!」 蔵馬の指がぬるつく割れ目をなぞり、熱い襞を掻き分けて、ゆっくりと中に入ってくる。 「んん!…っ」 濡れた下着がぐいっと下ろされ、あっという間に足から抜かれる。 「くら、ま…」 きつく目を閉じ、腕で顔を覆うその姿。 白く小さな裸体は滑らかで、薄い陰毛に覆われた場所だけが、卑猥に濡れている。 「んん…」 中に侵入してきた指は、重なる襞を乱し、花弁を開かせる。 「……ぅ」 飛影は行為の間、ほとんど目を閉じている。 噛みしめた唇に、染まる頬に、閉じられた目に、蔵馬はキスを落とす。 指が抜かれ、ピッという音とともにコンドームの袋が破かれる。 それを見まいと、飛影が一層きつく目を閉じた。 手際よくコンドームを装着した蔵馬は、ぬめるゴムの被さったそれで、飛影の割れ目をゆっくり行き来する。 「……は、…んっ」 「挿れても、いい?」 蔵馬の硬い先端が、クリトリスから膣の入口を、ゆるゆると行き来する。 入口をなぞられるたび、まるでそこに呼び込もうとするかのように、飛影の体はビクッと反応する。 「かわいい…」 「黙れっ…」 「そういうところも、かわいい」 蔵馬の両手が、飛影の膝裏に回される。 ぐいっと両足を広げられ、尻を上に向かされる。 その姿に羞恥を感じた飛影の頬が、ぼわっと赤くなる。 「やめ…!」 「挿れるよ…」 狭いが柔軟な入り口を、熱いものが勢いよく通る。 「あ、あ、あ…あん!ああああああん!」 白い背がのけ反り、堪えきれなかった声が響き渡る。 「あ!あ!あんんっ!」 「ん…飛影…!…っ、ふ」 熱い肉の締めつけに、思わず蔵馬も大きく息を吐く。 「あん…ああ!あ!あ!」 突かれる度に、鼻にかかった声が漏れる。 噛みしめていた唇はほころび、小さな舌をのぞかせていた。 「あっあっ…あ…!!あ、そこ…、だ…め…!」 「…飛影…好きだよ…」 好きだ、愛してる。 囁かれる睦言に、うっすらと飛影が目を開ける。 くらま、と小さな呟き。 外に降り積もる雪のように白い肌。 燃える炎のような赤い瞳。 その瞳を潤ませる雫を舐め取ると、蔵馬は最奥を目がけ、腰を大きく動かし始めた。 ***
余韻に震え、汗ばむ白い肌を蔵馬はタオルで拭った。「…このために持って来たんじゃないだろうな?」 そのタオルもまた蔵馬が家から持ってきた物だと気付き、飛影が口を尖らせた。 恥ずかしがり屋の恋人は、早くもキャミソールを拾い、身に付けた。 「もうちょっと見ていたいのになあ」 「…断る」 「あ、パンツも穿く?乾いてないけど」 「殺すぞ!!」 飛影は真っ赤になって蔵馬の手から濡れた下着を奪い取る。 「まあそうカッカしないで」 「うるさい!」 立ち上った飛影は、つかつかと窓に歩み寄り、バン、と観音開きの窓を開けた。 雪は止んでいたが、冷たい空気が、たちまち窓から入ってきた。 「……」 火照った体に冷たい外気が心地いいのか、窓枠に飛影は頭を乗せる。 「寒くないの?」 聞きながら、蔵馬も並んで窓辺に座る。 窓のすぐ下、手を伸ばせば届く所まで降り積もった雪を、飛影は手ですくう。 白く小さな手の上で、月明かりをきらきらと反射させる、雪。 「…綺麗だね」 「……ああ」 「喜んでくれて、良かった」 「……」 先ほどと同じように、飛影は困ったような顔をした。 「…俺を喜ばせたくて、ここまで来て、あんなバカみたいな荷物を持ってきたのか?」 「そ。飛影が喜んでくれて、良かったよ」 「…勘違いするな」 「……え?」 さくり、とすくい上げた雪を、飛影はじっと見つめる。 「一度しか、言わないからな」 「……はい」 「…嬉しくないわけじゃない…」 雪も、暖炉も、美味い夕食も、お前が持ってきた紅茶も毛布も、嬉しい。 でも… 「…でも、なくても大丈夫だ」 …例え白銀の世界など望めぬ都会でも、クリスマスの夜にコンビニの弁当だとしても、気に入っている毛布がないとしても… 小さな声で、蔵馬と目を合わさずに、飛影はぽつりぽつりと喋る。 「…お前が俺の側にいるなら、それで、いい」 水になった雪は、飛影の手の平からこぼれ出す。 「…しもやけになるよ?」 背中から覆いかぶさるように飛影を腕の中に納め、冷たくなった手を包む。 「飛影…もう一回、言って?」 「何の話だ?」 飛影は小さくニヤリと笑う。 「二度は言わないと言っただろう」 「…録音する機械、持ってくれば良かった」 「バカ言ってろ」 蔵馬の腕を振りほどき、テーブルの上にあったオランジェットをつまんだ飛影は、紅茶を淹れろと命ずる。 頬がまだ紅潮しているのは、二度と言わない言葉のせいだ。 かしこまりました、と恭しく頭を下げ、蔵馬は花のように微笑んだ。 ...Merry Christmas... ...End. |