いちご飴その赤くつやつやとした物体に、クラッカーと粉砂糖が付いていないことを二人は嘆き、よく似た形のいい唇が不満そうに尖る。無論そこに感じるべきは妻への愛と義妹への微笑ましさであるべきで、けれど間違いなく、嫉妬があったのだ。 ***
「いちご飴!」そう叫んで指差したのは雪菜ちゃんで、腕を引っぱられた飛影は一緒に屋台をのぞき込む。 「…あー、やっぱりだめだ」 「だめだな」 二人が何をだめだと断じているのかわからず、俺もその屋台をのぞき込む。 やきそば、たこ焼き、チョコバナナといったオーソドックスな屋台が多いこの小さな祭で、二人がだめだとぼやいた屋台もまた、よく見かけるものだった。 「何がだめなの?」 団子のように苺が四つ串に刺さり、赤い飴に包まれてつやつやと光っている。 俺は食べたことはないがどうやら女性にはかなり人気があるらしく、作る端から売れていき、皆楽しそうにその飴の可愛らしさを写真に撮っている。 何がだめななのかと問うた俺に、二人は目と目を見交わせ、わかってないなとでも言うように揃って肩をすくめる。 その動作が胸に、久しぶりの何かを、チクリと突き立てた。 「これじゃだめ」 「これじゃないんだ」 「クラッカーがないもん」 「粉砂糖もかかってない」 そう答えると、二人は俺の前を腕をからめて歩き始め、何やら昔の話をしている。 子供の頃の話を。昔の話を。 俺がまだ飛影に出会えていなかった頃の話を。 十二月の風は、今日はやけに冷たかった。 ***
「初詣、一緒に行く?」風呂上がりのアイスティーの氷を揺らしながら尋ねる雪菜ちゃんに、飛影はそっけなく首を振る。 「人混みは嫌いだ」 「言うと思った。じゃあ学校の子と行ってこよ。着物も着たいし」 「そうしろ」 氷までかみ砕きグラスを空にした雪菜ちゃんが、おやすみーと階段を上がっていく。 あいつはまったく、と言いながらも、そのグラスを自分が使ったカップとまとめて飛影が洗うのもいつものことだ。 「飛影」 「なんだ?」 手を拭きながら、飛影が振り向く。 パジャマの上に羽織ったふわふわとあたたかい黒いガウンは、つい先日買ったばかりの雪菜ちゃんと色違いのお揃いだ。 「初詣、行こうよ」 もちろん、飛影が人混みを嫌うことも、信心深いたちでもないことはよくわかっている。 信心について言えば、俺も同じようなものだが。 「初詣?わざわざ混んでいる時に…」 「神社には屋台も出てるだろう?いちご飴、食べにさ」 いちご飴?と不思議そうに首を傾げた飛影を抱き上げ、ソファに座る。 氷菜さんは泪さんの店で忘年会だとかで、今夜は泊まりだ。 抱き上げたまま、短い黒髪に顔を埋める。 花と果物を混ぜたような、雪菜ちゃんのお気に入りのシャンプーの匂い。 「…蔵馬?」 「……ごめん」 髪に埋めていた顔を、ぷは、と離し、俺は苦笑いする。 自分の独占欲とか、どうにもならない嫉妬深さだとかに。 「久々に噛みしめちゃったよ。雪菜ちゃんはいいな、って」 「は?」 そりゃまあ、飛影としては、は?だろう。 どこの世界に妻の妹に嫉妬する男がいる?俺が雪菜ちゃんに嫉妬するのは今に始まったことではないが、セックスもして結婚もして、こうして一緒に暮らしている今、まだそんなことを言っているのかと呆れているだろう。 「十八年も…氷菜さんのお腹にいた時から数えれば十九年?ずっと飛影と一緒にいたなんてさ。飛影のこと、何でも知っているなんてさ」 「まだお前はそんなことを考えているのか…。今さら何を妬いて」 妬いて、と言いかけ、飛影は口をつぐむ。 「そ。まだ俺はくだらない嫉妬をしてるんだよ」 「バカなことを…」 パジャマの裾から手を入れ、ブラを付けていない胸をそっと包む。 やわらかなふくらみを上下に撫でると、てっぺんが尖ってくるのが手のひらに伝わる。 「……蔵馬」 パジャマのズボンに手を入れた瞬間、いい加減にしろとパシッと手を叩かれた。 「雪菜が下りてきたらどうする!」 「はーい」 大人しく手を引き、俺も風呂に入ってこようと立ち上がる。 リビングのドアに手をかけた俺のセーターを、飛影が指先で引いた。 「飛影?」 「…初詣くらいなら、行ってやらんこともない」 「え」 ふいっと俺の前を通り抜け、飛影は寝室のある二階への階段へ向かう。 「本当に?なら振袖?よくわからないけど、着物が見たいな。着てくれる?」 「…考えておく」 「初詣行ってさ、帰りにいちご飴、食べようよ」 「帰り?あれは…」 「どこにあるの?そのクラッカー付きのいちご飴」 しかめっ面の飛影が答えた神社の名は意外にも、誰もが知る有名な神社だ。 初詣はさぞや賑わっていることだろう。 「じゃあ、初詣の行き先は決まりだな」 「あそこは混んでるぞ」 「だろうね。でも行こう」 俺にもそのいちご飴、食べさせて。 そう願うと、飛影はしかめっ面のまま、渋々頷いた。 「行ってやる。だから…くだらんことに妬くな」 階段を二段上がって振り向いた飛影が、ふいに俺の髪に手を伸ばす。 階段二段分の高さで、俺たちはちょうど同じ高さで向かい合うことができる。 髪を引かれて唇が重なった、かすめるような、短いキス。 「…雪菜とは、こんなことはしないだろう?」 囁くような、その声。 スリッパを履かない足が、軽やかに階段を上って行く。 食べたこともないいちご飴の、赤い甘さを唇に感じた気がした。 |