GIRL'S TALK

「暑ーい!! 死ぬ!!」
「も〜。本当に嫌になるわね〜。なんなのこの暑さ!」

母と娘は同じ顔をし、同じようなことを言い、一時間ほど前に別の店でも頼んだアイスコーヒーとアイスクリームを再び注文する。
もう一人の娘は向かいの席であきれたように眉をしかめ、溜め息をついた。

「そんなに暑いなら、家にいたらいいだろうが…」

大学生の夏休みは長い。
めずらしく平日に休みを取ったという氷菜も一緒に母娘三人での買い物だったが、暑さに弱い氷菜と雪菜は休憩ばかりしたがるし、服にも化粧品にもアクセサリーにも興味のない飛影は、2つのデパートに付き合わされた時点で既にうんざりしている。

まったく、女というものはどうしてこうも買い物が好きなのか。
Tシャツとジーンズ、スニーカー。色は黒か、グレーか、紺。たまに白。身に付けるものはだいたいそれで済んでしまう飛影には、母親と妹の洋服への熱意が未だ理解できない。
注文したパイにフォークを入れ、いったい何時になったら帰れるのかと、飛影はまたもや溜め息をつく。

「暑いけど、そういう問題じゃないよ。買い物は定期的に必要なものなの!」

アイスコーヒーの氷をかみ砕きながら、雪菜が言う。

「何が買い物だ。お前らろくに買わないじゃないか」

ビルの一階にある小さなこの店は、種類こそ少ないが手作りで菓子を焼いているらしく、コーヒーの香りに混ざり、甘く香ばしい匂いがする。
甘く煮詰めた白桃とレモンクリームのパイを頬張り、飛影は文句を言う。

「いるならさっさと買えばいい。いらないなら帰るぞ」
「わかってないなー、なんでもいいんじゃないの。気に入ったのがなかったんだもん」
「どこだって同じようなものだろ。何軒見れば気が済むんだ」
「見てみないとわかんなーい」

まあまあ、と氷菜は飛影のフォークを取り、パイをひとくち失敬する。

「結構美味しいわね。たまのお出かけなんだからケンカしないでちょうだい」
「二人で好きなだけ見たらいい。俺は先に帰っ…」
「飛影、興味ないなら蔵馬さんの服でも見たら?」

メンズも見ましょうよ、という氷菜の言葉に、雪菜が大きく頷く。

「いいねそれ。蔵馬さん変な服着てるもんね」

氷菜から取り返したフォークを持ったまま、変?と飛影は目をぱちくりさせる。

「蔵馬さんて、服の趣味悪いじゃない」
「そうか?」
「お店にいるときは普通のシャツとジーンズだからいいけど、休みの日変な服着てない?」
「…変?」

尋ねるように視線を向けると、氷菜は慌てて首を振る。

「そういう意味で服買おうって言ったんじゃないわよ。そんなに変じゃないわ。大丈夫」

大丈夫、という言葉自体がまったく大丈夫じゃない。ということくらいは飛影にもわかる。

結婚するまでは母親がその辺で買ってきた服を着ていたという蔵馬だったが、もちろん今はそうではない。
とはいえ嫁が…つまり飛影が…服を買ってくることもない。時折どこかで服を買ってきてはいるが、元々飛影と同じくらい服には無頓着に見えたし、そもそも仕事の日は雪菜の言う通りシャツとジーンズに黒いエプロンというスタイルだし、冬になればそれがセーターに変わるくらいのものだ。

「薄々気付いてはいたんだけど、服の趣味悪いからね蔵馬さん」
「悪いってほどじゃないけど…まあ…流行りとは違うっていうか。個性的ね」
「何をオブラートにくるんでんの、ママ」

時々、変な服買ってくるじゃない。ポケットがたくさんついたパンツとか、リボンみたいな紐がついたシャツとか、紫色の靴とか。
ああいうの、どこで買ってくるの?長髪自体流行らないんだから、服くらい飛影が見張ってなきゃだめじゃん。

確かに、言われてみれば飛影もその手の服を着ている蔵馬を何度か見たことはある。口の回る妹に畳みかけられ、母親もどうやらこの件に関して味方になってくれる気配もない。口下手な姉はハーブティーでパイを飲み込み、なんとか反論しようと口を開けた。

「いいんだ、別に」
「なんでよ?飛影が選んであげればいいじゃん」
「そうね。じゃあ今日は私がなんでも買ってあげる」

きゃっきゃとはしゃぐ二人を、飛影は交互に見つめる。

「そうじゃ、なくて」

母親と妹相手の口論で、勝てた試しがない。
桃の甘さの残る息を吐き、飛影は拙い反撃を試みる。

「…蔵馬は、変な服着てるくらいでいいんだ。だって、完璧なやつなんて嫌味なやつだろう。だからいいんだ」

口の達者な母と妹を相手に、無口な姉は精一杯言い返したつもりだ。
それどころかなかなか上手く言い返せた、とさえ飛影は思っていた。

こちらの方が双子なのではないかと思うほど似た顔が、揃って飛影をじっと見つめる。

「なんだ?文句あるのか」

氷菜と雪菜と、二人の違いは年齢だけだ。
二人は目を合わせ、同時に吹き出した。

「ちょっとママー!聞いた?」
「聞いた!のろけるわねえ、飛影」
「な、何が!誰がのろけた!?」

周りの客が振り向くほど大笑いしている二人に、飛影が噛み付く。

「だってさあ、それ以外は完璧だって思ってるんでしょ、蔵馬さんのこと」
「え?いや、それは」
「顔が良くて?背が高くて?頭が良くて?なのにすごぉーく優しくて?」
「ちが…」
「なのに飛影に一途で?商売も上手くいってるみたいだし?」
「違う!」
「じゃあなに〜?どういう意味〜?」

あたふたし出す飛影に、二人はまた笑う。

「良かったあ。飛影が蔵馬さんみたいな完っ璧な人と結婚できて〜」
「ほんとね。私も安心だわ」
「お前ら!!」

もう帰る、と真っ赤になって立ち上がった飛影を追い店の外まで出た雪菜が、逃がすまいと腕をからめる。
陽射しの降り注ぐ外は猛烈な暑さで、あっという間に双子の肌にこまかに光る汗を浮かせる。

「待ってよ」

支払いを済ませ追いついた氷菜は笑い、二人の間に入り、両方の肩を抱く。

「離せ暑い!」
「さ、次行きましょ。メンズも見るとなると時間かかるし」
「だね。行こ!」
「行かん!! 俺は帰る!」
「じゃあさっきのこと蔵馬さんに言う〜」
「ゆーきーなー!!」

熱い陽射しと笑い声と。
焼けつく歩道に夏の濃い影を落とし、三人分の靴音が軽やかに響いた。


...End