ブルーデー

「だから、調子悪い時は休めばいいだろ」

柄は悪いが美人の校医は、行儀悪く机に腰掛けてタバコを取り出した。

「ったく。先月も来ただろ?生理痛がひどいなら担任にそう言って休め。懲りないやつだな」
「………」
「恥ずかしいのか?女子校なんだから気にする事もないだろ?」
「…るさい」

カーテンで区切られた保健室のベッドは三つ。
そのうち一つには体操着を着て、ぐったり青ざめてる生徒が横になっていた。
体育の授業中に、貧血を起こしてひっくり返ったのだ。

「体育まで出るなんてお前は馬鹿か。少し休んだら、とっとと家に帰れ」

美人の校医は、そのサバサバした物言いで生徒には比較的人気がある。
カチッと音がし、辺りに煙が漂う。

「…校内は禁煙だろう?」
「知るか」
「…ダメ教師」
「俺は教師じゃない。保健医だ」

ノックに続いてガラガラと扉が開き、乱暴に開けた訳でもないのに、その音は授業中の校舎の中ではえらく響いた。

「躯先生、失礼します。…飛影、大丈夫か?制服持ってきたぞ」

クラスメートの凍矢が、飛影の制服とカバンを持ってきた。

「顔色悪いぞ。大丈夫か?雪菜を呼んでこようか?」
「いや、いい。大丈夫だ」

妹の雪菜は別のクラスで、今ごろ授業中だ。

「一人で帰れるか?保護者呼ぶか?」

校医はタバコをもみ消し、そう尋ねる。

「冗談よせ。ガキじゃあるまいし、一人で帰る」

家まで送ろうかという凍矢の申し出を辞退し、飛影は億劫そうに着替えると、保健室を後にした。
***
下腹の痛みはズキズキというよりは、規則正しく、ぐうっと差し込むような嫌な痛みで、昨夜からひっきりなしに続いていた。

「くっそ…」

下駄箱から靴を取り出そうと屈んだ途端、一際強い痛みがきて、思わず毒づく。

「男だったら良かったのに…」

今まで何度も呟いた呪いを、今月も変わらずに呟いた。
のろのろと立ち上がり、カバンを取ろうと…

ひょいと後ろから手がのび、飛影のカバンを取った。

「え?…!? …蔵馬!? お前っ…ここで何してるんだ!?」

女子校の玄関だというのに、何食わぬ顔で蔵馬は立っていた。

「迎えに来たんだよ。お腹痛いんでしょ?」
「な、んで…知ってるんだ?」
「今日二日目でしょ?午後体育だし、きっと早退するだろうと思ってさ」

予感的中、と蔵馬は笑う。

…思って!?
どこかに監視カメラでも付いてるんじゃないのか!?

思わず自分のカバンや制服をチェックする。
だいたいなんで人の時間割まで覚えているのか。

「お前…学校は?」
「早退」

門に向かいながら尋ねる。
蔵馬の通う学校は、ここから歩いて五分程だ。

「よ、余計な世話だ!戻れ!」
「えー。心配だもん。それに氷菜さん明後日まで出張でしょ?」

人の親の仕事の予定まで!?

「…めまいがする」
「でしょ?だから俺が一緒に帰ってあげる」
「お前のせいでめまいがするんだ!」

おんぶしてあげる、と言う蔵馬を蹴飛ばし、飛影は通りかかったタクシーを止めた。
***
「…なんでお前の家なんだ?」

親元を離れて暮らしている蔵馬のマンション。

パジャマを着せられ、薬を飲まされ、温かいカップを手渡される。
生理痛に効くというハーブティーは、奇妙な香りだが味はそう不味くはない。

「いいじゃない。晩ご飯作るから、食べていきなよ」

氷菜さんいないんだしさ。
雪菜ちゃんにも帰りに寄ってご飯食べてってメールしといたから。

空になったカップを受け取り、横になった飛影にタオルケットをかける。

部屋は弱く冷房がきいている。
薄いタオルケットは肌触りが良く、腹の部分にだけ二重にしてかけてある。
蔵馬はゆるく円を描くように、下腹部をマッサージしてくれている。

「……むかつく…」
「え?何?」
「…なんでもない」

気が利き過ぎて、完璧に優しくて、むかつく。
自分でもそれは理不尽な言い草だと思う。

暖かい手が、ゆっくりと腹を擦る。

膜がかかるかのように痛みが和らぎ始め、
とろりと降りてきた眠気に、飛影はそのまま身を委ねた。
***
「飛影ー。起きて!お腹空いちゃった」

妹の声で目を覚ました時には、夏の長い夕暮れが終わりかけ、枕元の時計は七時を指していた。
マンションの中は、蔵馬の作る夕食のいい匂いがしていた。

「え?七時…?」
「うん。私、部活もしてきたもん。よく寝たね。お腹大丈夫?」
「あ、ああ…。………っ!!」

…五時間も寝ていた。

「…やば…!!」

飛影はおそるおそるパジャマの尻のあたりに手を這わす。
濡れていない事に、ホッとする。

「あ、起きたね。ご飯できたよ」

顔を出した蔵馬に、わーい、お腹ぺっこぺこー、と妹は明るく言うと、キッチンの方へ行ってしまう。

「ほら、飛影もおいで」
「ああ…」

立ち上りついでに、シーツも汚していない事を横目で確認する。

「あ、シーツ?大丈夫だよ」

にっこり笑って蔵馬が言った言葉は…

「ナプキン、四時頃にかえたから」

…………え?

「……かえただと?」
「うん」

ご飯冷めちゃうよ。行こ。

そうか。
かえてくれたのか。

それは気が利いている事で…

「…なわけあるかーっ!!」

顔を真っ赤にした飛影の叫びは、マンション中に響き渡った。

その日の夕食がどんな騒ぎになったかは、言うまでもない。