*約束

「何を焦ってるの?時間が経てば溶けるって」

のんびりと蔵馬は言ったが、飛影にとっては冗談ではない。
絶望的な気分で、飛影は自分の両手を戒める氷を睨んだ。
***
霊界からの、つまりはコエンマからの頼まれ事だった。

元々、蔵馬はコエンマからの依頼は基本的に断らない。
貸しは多い方がいい、というのが彼の信条だからだ。

霊界の頼まれ事など応じる謂れはない、と吠えた飛影だったが、妹である雪菜は、人間界の桑原家で暮らしている。
人間界での居住を許可し、身の安全も保障してくれているのはコエンマだ。そのコエンマにどうしてもと頼まれたとあって、結局飛影も断り切れなかったのだ。
***
「だいたいね、貴方は気が短すぎるんですよ」

コエンマの依頼自体は、簡単に片が付いた。
霊界秘宝館から盗まれた宝物も取り返し、犯人も始末した。

できれば生け捕りにとコエンマは望んだが、そんなことは面倒だと飛影は冷笑し、あっさりと犯人を殺した。
そこまでは、良かったのだが。

「時々ね、いるんですよね」

自分が死ぬ時に、自分の命と引き換えに呪いが発動するようにする奴って。だから生け捕りにしようて言ったのに。

「オレだったら、自分が死んだ後のことなんて知ったこっちゃないけどな」

封呪で両手を戒められてもがく飛影を目の前に、蔵馬は肩をすくめ、そう呟いた。
切り刻まれた犯人の体から噴き出した青い血は、飛影の両腕に降り注ぎ、驚くほど硬い氷と化していた。

「……くそ」

飛影は毒づく。
無論、氷を検分する蔵馬に向かってというわけではない。つまらないミスをしでかした自分に向けて、だ。

どこからともなく取り出した革袋の中身を探っていた蔵馬は、ああ、良かった、あった、と呟くと、飛影の両手首を戒める氷の手錠に、何やら妖しげな実を潰した液体を、たらたらと注いだ。

「量が足りないからすぐには溶けないけど。まあ一晩もあれば溶けますよ」

諦め悪く腕をねじっていた飛影が、ぴたりと動きを止めた。

「……一晩、だと?」
「ええ。朝には溶けますよ」

まあ、今夜はここで野宿ですね。
その体勢じゃ疲れるだろうけど、一晩くらいどうってことないでしょう?

その体勢、と蔵馬の言った飛影の格好は、洞窟の壁に腕をくくりつけられ、突っ立っているしかないという有り様だ。
もちろん一晩中腕を上げたまま立っているなど楽しいことではないが、妖怪の体にはたいした負担でもない。

なのに、飛影はなぜか困ったように目を泳がせた。
***
「食べます?」

人間界のさくらんぼを五倍ほどの大きさにしたような奇妙な果物を差し出し、蔵馬が問う。
切り刻まれた死体を崖下に投げ捨て、入口に結界を貼り、いくつかの植物で火をおこした洞窟の中はあたたかく、それなりに快適だった。

「いらん」
「あーん」
「…殺されたいのか」
「手が使えないからと思いまして。結構美味しいですよ?」
「いらん!」

怒りっぽいなあ、とぼやきながら、蔵馬は果物を咀嚼する。
炎はあたたかく洞窟の壁を照らし、奇妙に静かな時間が流れる。

結界を貼ったとはいえ、取り返した霊界の宝物と、身動きできない飛影がいては、眠るわけにもいかない。
革袋の中の植物をチェックしたり、育ててみたりと、蔵馬は暇を潰す。

「……おい、今、何時だ?」
「え?」

ごく普通の質問ではあるが、飛影の口から聞くのはおかしなものだ。

「この封呪が溶けるまで、後どれくらいだ?」
「…そうだな、人間界の時間で言えば今は十一時だから…後六時間くらいかな?」

人間界の時計を腕につけたままだった蔵馬は、答える。
どうしてそんなことを聞くのかと、顔を上げた蔵馬の目に、ひどく顔色の悪い飛影が映る。

「飛影、どうした?顔色が悪い…」

腕が痛むのかと慌てて立ち上った蔵馬を、赤い瞳が睨む。

「お前、先に行け」

先に、霊界に行け。
オレは、この封呪が溶けたら行く。

「別にここでお前が一緒に待つ必要もないだろうが」
「…馬鹿を言うな、飛影」

呆れたように、たしなめる。

「これはオレが作った簡易な結界だぞ?自慢じゃないが誰も破れないようなレベルの結界じゃない。身動きも出来ないで、敵に襲われたらどうするんだ?」
「いいから行け!オレが襲われようが貴様に関係ないだろうが!!」

駄々っ子のような言葉に、蔵馬は天井を仰ぎ、溜め息をついた。

「あのねえ、そう言われてオレが貴方を置いて行くと思う?」
「行け!早く!!」

青い顔をした飛影がぶるっと震え、膝をすり合わすような仕草をした。

「どうしたんだ飛影。具合が悪いのか?」
「うるさい。……なんでもない」

顔を背け、飛影は目を閉じた。

自分のヘマに苛ついているのだろうか?
いぶかしむ蔵馬だったが、飛影の不機嫌には慣れている。元通り腰を下ろし、小さな植物を育て、種を収穫するという地味な作業に戻った。
***
汗と血のにおい。
うとうとしていた蔵馬は、ハッと目を覚ます。

敵…!?
じゃない。そんなことに気付かないわけがない。
腕時計は、二時を指している。

「飛影…飛影!?」

飛影はうつむいたまま喘ぐような呼吸をし、できるだけ地面に近付こうかとでもしているかのように、のばした腕をピンと張っている。
噛みしめた唇に、うっすらと血が滲んでいた。

「おい!どうし…」

黒いズボンに包まれた足は、震えている。
つま先が、小刻みに地面を打つ。

「ああ…そうか」

ようやく、蔵馬はそれに気付く。
蔵馬が気付いた、ということに気付いた飛影が、汗を浮かべ紅潮した顔を上げる。

「ごめん。トイレ行きたいんでしょ?」
「……っ、違う…!!」

何が違うんだか。
どうしてさっさと言わないのかと、蔵馬はまたもや呆れてしまう。

「何、を…!触るな!!」
「何って」

白いベルトに手をかけた蔵馬に、飛影が怒声を浴びせる。

「何って…ズボン穿いたままできないだろう?」
「余計なことをするな!オレに触るな!」

真っ赤になって怒鳴るが、足の震えはひどくなってきている。
我慢も限界にきているのだろう。

「脱がして、支えてやるだけですよ」
「支え!?」
「手が使えないんだから、立ってするなら持っててあげなきゃでしょう?」

子供に言って聞かせるような言葉に、飛影はますます赤くなる。

「どっちにしろ、ズボンは脱がなきゃでしょうが」
「や、め…!」

もう聞いてられるかと、蔵馬はベルトをシュッと抜き、黒いズボンを引き下ろし…

「あ!…っ!!」

わざとではない。
しなったベルトが、ぷるりと飛び出した先端にぶつかったのだ。

「あ…!嫌、だぁ…っ!! 見るな!見るなぁぁっっ!!!!」

ざあっと、温かい液体が、蔵馬の手に降り注ぐ。
太股までしか下ろしてなかったズボンにも、黒いブーツにも、それは降り注ぎ、染みていく。

「………ぁ」

洞窟に水音が響き、独特の臭気が、あたりに立ちこめる。

いったいいつから我慢していたのか、膨らんだ下腹は波打って、下を向いたままの陰茎は、ヒクンヒクンと跳ねながら、大量の液体を放出している。
限界まで我慢していたせいで、もはや途中で止めることもできないらしい。

「嫌…だ。嫌……ぁ」

ギュッと目を閉じ、飛影は震えている。
もう今さら手遅れなのだから、手を引っ込めてもいいというのに、自分の手にも降り注ぎ続ける流れを、蔵馬は凝視していた。

「…あったかい」
「……や、うあ…」

その声が僅かに恍惚とした響きを帯びていることに気付き、蔵馬は顔を上げた。

小さく開いた口から、赤い舌がチラリと覗く。
赤い瞳は涙に濡れて光っていたが、紛れもなく、快感の色を浮かべている。

それはそうだ。
散々我慢した挙げ句の放尿は、ある種の快感だ。

ほんの数十秒にも満たない時間だったというのに、ひどく長く感じる時間が、ようやく終わった。

「……あ」

その小さな声を上げたのはどちらだったのか。

飛影の足下には水たまりができ、ズボンもブーツも、ぐっしょり濡れている。
ズボンを脱がそうとしていた蔵馬の方も、温かな液体で肘あたりまで服を濡らしていた。

「あ…あ…ぁ…蔵…」

その、錯乱しかけている声に、ようやく蔵馬は我に返る。
自分のしでかしたことへの羞恥と恐怖に、すっかり青ざめて歯を鳴らす飛影に、慌てて声をかける。

「大丈夫だよ、飛影。大丈夫」

自分でも何が大丈夫かもわからないまま、薄い体を抱きしめた。

「誰にも言わないから」
「…ああ、あ、蔵…くら、ま…」

濡れた服というのは脱がせにくいものだ。
抱きしめたままどうにかズボンと靴を脱がせ、飛影の視界に入らないよう、できるだけ遠くに放り投げる。

革袋とともに置いてあった自分の上着を取ると、ビリッと裂いて、飛影の腰に巻いてやる。細い腰に巻き付いた布は、即席のミニスカートのようにも見えた。

「……くら…ああ、くらま…っ!」
「大丈夫だって」

こんなのただの生理現象じゃない。誰にも言わないって。
氷が溶けたら、オレのアジトに行こう。服も靴も、なんでもある。
大丈夫、心配しないで。

優しい声音とともに再び抱きしめられ、激しい震えは少しずつおさまってくる。

「……蔵馬」
「約束する。誰にも言わないし、オレも忘れるから」

頬を染め、唇を小さく噛んだ飛影が、微かに頷く。
ホッとしたのか、蔵馬の肩に、頭を乗せて。

ー誰にも言わないし、オレも忘れるからー



この後、蔵馬はきちんと約束を守った。

ただし、守ったのは、前半部分だけ、だった。


...End.




ウロフィリア(尿性愛)
排尿行為や飲尿行為、尿そのものへの性的嗜好。ウロラグニアとも言う。広義には「スカトロジー(英語:Scatology)」や「コプロフィリア(糞便性愛)」に含まれる。英語:Urophilia または Urolagnia




またもや、「miao」のM屋しゃんにわがまま言って描いてもらってしかも強奪してきました!
この羞恥に頬を染める飛影のかわいさときたら!!!!(ノo<//)
アングラサイトの更に裏の部屋にもらっちゃってすみません!でも返さない!!(^^//)