*彼と俺

「そんなつもりで、合鍵渡したんじゃないけど?」

わざと、突き放すように言ってやる。
勝手に俺の服を着て、うつむいたまま薄い唇を噛む姿は、本当に愛おしい。

「君の授業は、月水金だよ」

今日は、木曜日だ。
俺が彼の母親と交わした契約は、月水金の夕方四時から六時までの家庭教師だった。もっとも、俺が彼の家に通っていたのは最初の一ヶ月だけで、今は彼が俺のアパートへ来ている。
家に何年も引きこもっていたのだから、外へ出ることへのハードルも高い。まずは俺のアパートへ通うことから始めてみてはどうかと俺が提案したのだ。

「黙ってたらわからないけど?飛影?」

彼の家庭教師を始めて、半年。
合鍵を渡したのは、二ヶ月ほど前。

俺の通う大学とアパートは、近い。歩いても十五分もかからない。授業の合間に忘れ物を取りに戻ったある日、ドアの前にうずくまっている飛影を見つけたのだ。

学校へ行ったはいいが、気分が悪くなって帰ってきたのだと言う。たまたま氷菜さんの仕事の休みの日で、家に戻るに戻れなく、かといって行く所もなく、俺のアパートへ来たらしい。
学校に行った途端に具合が悪くなるなんて、いかにも不登校の子供の言いそうなことだとは思ったが、しっくりこない制服を着てしゃがみこんでいる彼の顔は真っ青で、ちょっと気の毒になって合鍵をやったのだ。

「本当に気分が悪くなったら、ここで休んでいいよ」

飛影は驚いたような顔をしたが、俺の差し出した鍵を素直に受け取った。
***
「遊びに来ていいなんて言ってないけど?」

自分にだけ、冷蔵庫からとり出したウーロン茶を注ぎ、一息に飲んだ。
ベッドに座った飛影は、無言のままだ。

講義の終わった午後三時。
女友達とともに自分のアパートに帰ってきてみれば、ベッドに丸くなって寝息を立てている者がいたというわけで。

ああ、カテキョーの子?
じゃあ、あたし今日は帰るよ。また明日、学校でね。

気のいい女友達は、そう言ってあっさりと帰って行った。

「学校行かないなら、家に帰れば?」

今日は氷菜さんの休みの日ではないはずだ。
家に帰れない理由は、ない。

「聞いてるの?」
「………さっきの、女」

聞き逃してしまいそうな、低く小さな声。

「大学の友達だけど?それが何?」
「……別に」

ベッドから立ち上がり、飛影は脱ぎ散らかしていた制服を拾う。

「鍵、返してもらおうかな」

彼女でも連れてきた時に、こんな風に君がいたら困るし。
からかうように言って手を差し出すと、飛影は俺から目をそらす。

「……彼女、なのか?」
「さっきの子?違うけど」
「…いないのか?」
「さっきの子は、彼女じゃないって言っただけ」

ネクタイと、ブレザーを拾ってやる。

「俺に彼女がいると、何か困るの?」

目を丸くした飛影が、俺を見上げる。
信じられない、とでもいうように。

「だって……お前は……俺を」
「君を、何?」

意地悪く、言ってやる。

「あのね、女の子にはさ」

俺を気持ちよくしてくれる穴があるんだよね。
君は何?
ただ俺にチンコしごかれて、舐められて、気持ちよくなってるだけじゃない。
自分だけ気持ちよくなって何度も何度もダラダラ出してさ。

「俺に彼女がいたって、その子とセックスしたって、君には関係ないじゃない?」

泣くかな、と思ったが、赤い瞳は揺れただけだった。

「飛影?」

赤い瞳は、
揺れて、光って、怒りに似たものを、宿した。

「俺に…入れる場所がないからか?」
「そうだよ。俺だって気持ちよくなりたいもん」

だからさ、もう帰ってよ。
さっきの子、呼び戻したいからさ。

俺の差し出したネクタイを、飛影ははねのけた。

「……ら、いい」
「え?」
「…したら、いい。俺に。女と同じことを」

赤い瞳が、爛々と光る。

「ふーん?君には穴がないから、お尻に入れてもいいの?」

すっごく、痛いよ?
俺はしたことないけど、泣いて、ゲロ吐いちゃうくらい痛いんだって。

「そんなこと、飛影は俺としたいの?」

一瞬、怯んだ色を浮かべた瞳は、次の瞬間にはまた燃え上がっていた。

「……ああ」
「したいんだ?」
「ああ」
「俺のこと、好きなの?」

視線に物質的な力があるのならば、俺の顔には穴が開いただろう。
そのくらい、彼の視線は強い。

「…今、するのか?」

なんて、かわいいのだろうか。
俺の彼は、本当にかわいい。

「…金曜日」

金曜日、泊まりにおいで。
氷菜さんには、話をつけておくから。

小さく頷く白い頬に、俺は指をすべらせた。

もうすぐまるごと手に入る、
その肌に。


...End.




ペドフィリア(小児性愛)
主に11歳〜13歳頃の少年や少女への性的嗜好。現在では一般的に、年齢や性別を区分した「インファノフィリア(幼児性愛)」や「ニンフォフィリア(児童性愛)」なども含む総称として普及している。英語:Pedophilia